2019年11月11日 (月)

第14回市東さんの会シンポジウムが開かれる

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119日、東京の文京区民センターで、「市東さんの農地取り上げに反対する会」が主催して第14回市東さんの会シンポ『どこかおかしくないか?大きく「間違っている」のじゃないか!』が、120人の参加で開かれました。

 

 事務局の小川正治さんが基調報告を行い、116日の請求異議控訴審への結集と「異変があれば、直ちに現地に駆け付けよう」と訴えた。

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 事務局の林伸子さんが、市東孝雄さんへのインタビュアーをして、パワーポイントの映像を流しながら二人の対談が進んだ。市東さんは、この間の台風被害を説明。その上で、天神峰の地で農業を続けていく想いを語られた。

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 休憩をはさんで、講演が予定されていた農業経済学者の石原健二さんが体調不良で来れず、匝瑳市の稲作農家・小川浩さんが「全国に広がる農業つぶし――農業現場からの報告」と題して話された。耕作放棄と離農が進む現状と安倍政権によるTPP、種子法など農業破壊の進展、食料自給率37%の現状への怒りと想いを話された。その後、市東さんと並んで、会場からの質疑に応じられた。

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 沖縄からの特別報告として辺野古のヘリ基地反対協の共同代表である安次富浩さんから、沖縄・辺野古の闘いの現状が語られ、「あきらめない」闘いへの想いが語られた。

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反対同盟弁護団の遠藤憲一弁護士から、この間の「司法の反動化」と言われる現状、とりわけ日弁連の屈服と翼賛化を伴った超反動化の現実が明らかにされた。そしてその上でなお、三里塚裁判闘争の意義が明らかにされた。引き続いて葉山、大口両弁護士から決意が語られ、この日の集会を終えた。

 

 

 

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2019年8月 1日 (木)

久しぶりの耕作権裁判「準備的口頭弁論」と新ヤグラ裁判で裁判長を追及(7月29日)

 7月29日、千葉地裁民事第2部・内田博久裁判長により「耕作権裁判」と新ヤグラ裁判が開かれ、関西から2名で傍聴闘争に参加しました。19729_20190801100202   
 裁判に先立って千葉中央公園では決起集会が行われ、安藤も挨拶。「市東さんの命の農地を守ろう、我々の正義の闘いが裁判所とNAAを追い詰めている。関西で三塚の闘いを広め、強制収用させない要望書活動をさらに取り組む」などを訴え、関実世話人だった故森田恒一氏の遺志を受け継ぐことを表明しました。集会のあと裁判所に向かってデモ行進を行い「墨塗りの文書で真実を隠すな。市東さんの農地を守ろう」とシュプレヒコールしながら裁判所に到着。

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 この日の裁判は、耕作権も新ヤグラも反対同盟は被告席で、裁判長はどちらも同じ内田裁判長。耕作権裁判は通常の弁論でなく「準備的口頭弁論」と今まで聞いたことのない裁判となり、文書提出命令の東京高裁判断が出ていない中、裁判長が「裁判を早め早期判決」に導く悪だくみではないのか、と疑心暗鬼で傍聴しました。案の定、弁護団から「準備的口頭弁論」の必要性を疑うとか、進行協議でも良いのではないか、とか疑念を持つ発言が相次ぎ、裁判長は「裁判を進めても不利にはならない」とか、「東京高裁で審議が続いている文書提出命令については判断できない」などの言い訳ばかり。何のために開いた裁判かはっきりしないまま、次回期日を10月28日(月)、次々回を2月3日(月)、いずれも10時半と決めて、耕作権裁判の「準備的口頭弁論」は閉廷。

*注 「準備的口頭弁論」は、弁護団諸氏によれば、訴訟法にはあるが、誰もこれまで経験したことがないとのこと。刑事事件における「公判前整理手続き」のようなもの?とのことです。

 続いて、新やぐら裁判が開廷され、裁判官が交替したので、更新手続きの弁論が行われました。弁護団各氏より「NAAは市東さんの農地を取得していない。農地法に違反して農業委員会と結託し、違法に農地を取りあげた。市東さんの小作権は今も有効だ」「小作人市東さんに内緒で前地主と契約すること自体、農地法と憲法に違反している」「市東さんはやぐらを活用して、空港反対、農地をとるな、と表現の自由を行使している」などの主張を繰り広げ、傍聴席からも大きな拍手と歓声まきおこり裁判所とNAAを圧倒。口頭弁論をさらに継続し、反対同盟と市東さんの訴えの正当性を立証していくことを明らかにしました。そして次回裁判では引き続き口頭弁論を行うことが確認されました。

 しかしその後は、証人尋問から結審への強権的な訴訟指揮の可能性も出てきています。また弁護団は証人尋問で反対同盟・市東さんの正しさを立証する予定ですが、裁判所とNAAが証人をどこまで認めるかどうかも焦点になります。8月9日に行われる「進行協議」と、次回期日の9月30日(月)が、新やぐら裁判の今後を占うことになります。

 裁判が終わり、別会場での「報告会」で、新ヤグラ裁判は証人調べを急ぎ、年内結審、そして判決へ一気にすすめる裁判所の狙いが読み取れることが報告され、闘いへの結集が呼びかけられました。

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 それにしても、NAAの墨塗文書の開示拒否は許せません。違法行為をしていることがバレるから彼らは真実の文書を提出しないのです。市東孝雄さんは「命の農地を守り、農業を続けて、皆さんに作物を届けることこそ公共性がある」と証言し、闘い抜く決意を固めています。市東さんと共に、耕作権裁判に勝利し、新やぐら裁判に勝利しましょう。

                    関実事務局 安藤眞一

 

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2019年4月 8日 (月)

3月31日 三里塚全国集会

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 三里塚の農民、市東孝雄さんの農地を強制収用するとした最高裁決定に対する請求異議裁判に対し、昨年1220日、千葉地裁高瀬裁判長は、不当な棄却決定を行った。それは、裁判長自身が、自ら開いた異議審の根拠を無視し、2年にわたっていったい何を審理してきたのかと言わざるを得ない無内容極まりないものだった。親子三代、100年にわたって耕されてきた市東さんの畑を、成田空港のために「国策」の名の下に強奪することを、安倍政権に忖度し何の脈絡もなく出されたものに過ぎない。そのことに対する怒りの集会として、千葉市内赤坂公園で、460人が結集して三里塚全国集会とデモが行われた。  

 安倍政権、Img_4947 そして戦後の自民党農政は、1961年の農業基本法以来、食管法や農地法を解体し、ついには自らの減反政策をも切り捨て、農協を無力化することを通して、「農業の規模拡大」の名の下に、農民、農業保護の一切を切り捨ててきた。それは「食糧は安いものを輸入すればいい」として農業、農地にまつわるすべてを、利権として大資本、多国籍企業のもとに投げ出すものとして進められた。今日のアジア・太平洋におけるTPPや欧州とのEPAとは、そうしたものの結論でしかない。
 聞くところに寄れば、昨年来、100ヘクタール規模の集落営農が、各地で、見過ごせないほどの規模で倒産をしているという。これなど、一方で「農業の規模拡大」を進めているような顔をしながら、基本は農業そのものを「生産性がない」として切り捨ててきたアベ政治の故だからに他ならない。
 こうした自民党農政の意を受けて、6年前になるが、千葉地裁多見谷裁判長(注)は、空港会社による証拠偽造などの新たな事実が出てきた過程でそれら一切を切り捨て、農地法裁判の判決を強行したことを忘れてはならない。市東さんの「農地は私のいのちです」という篤い想いを切り捨てたこの判決は、この国の反動的な司法制度のからくりの中で、東京高裁の確定判決というかたちで、今も生き続けている。この農地裁判に先駆けて始められた同じ農地をめぐる耕作権裁判が訴訟開始以来12年を経過した今もなお、千葉地裁で争われ続けており、証拠調べにも入れていないという現実こそ、この多見谷判決の持つ反動性と欺瞞性を何よりも物語っている。

 高瀬裁判長による今回の請求異議審切り捨ての判決は、この多見谷裁判長の道を追認したに過ぎない。何のために請求異議審を自ら開始させたのか、改めて糾弾しなければならない。
 53年を経過しようとする三里塚闘争が、今、こうした自民党農政、安倍政権の農政の下に苦しみ、展望を失っている日本の農民、農業の新たな道を指し示すものとして立っていることを確認されなければならない。

 2013年1020日、土砂降りの雨の中で開かれた三里塚現地全国集会で、その2ヶ月後の暮れに亡くなられた三里塚農民・萩原進さんが、集会の三か月前に強行された農地法裁判の多見谷判決を糾弾し、「東京高裁は反動の牙城だ。その霞が関へ攻め上る。そこで展開される反原発、沖縄闘争、反TPPの巨大な闘い、およびそれらをめぐる裁判闘争と連帯して、共通の敵である国策を打ち砕く。市東さんの農地を何としても守り抜く」と提起された。まさにこの日の三里塚全国集会の闘いは、請求異議裁判の控訴審を前にして、もう一度、「霞が関に攻め上る」決意を固めるものとなった。展望を失い、苦しむ小規模、家族農業と農民が生き残れる道を、その闘いの中から見出していこうと呼びかけるものとなったと言って過言ではなかろう。Img_4957

(注) 多見谷はこの千葉地裁判決によって栄転し、現在、福岡高裁那覇支部所長として沖縄・辺野古新基地建設に関わる裁判において安倍政権に忖度している。

 

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2019年3月 5日 (火)

「三里塚農地裁判は、いま」学習会報告

市東孝雄さんの農地取り上げを阻止しよう

 関西生コンの闘う挨拶でスタート

19225去る225日、エル・大阪において午後6時半から「三里塚農地裁判は、いま」学習会PART-3を行いました。「請求異議棄却判決」を跳ね返し213日に東京高裁の「強制執行停止決定」を勝ち取った喜びをかみしめながら、私はこの日の学習会参加し司会をつとめました。会場が満員となるなか、最初に関西生コンの武洋一書記長から特別報告を受けました。警察権力の組合つぶしをはねのけ闘う決意に感動。「今まで当たり前の組合活動を続けてきて不当な弾圧はなかったが、安倍政権に代わって私たちの闘いが既存の経済システムを破壊することに恐怖して、関西生コンの大弾圧が始まっている。」との説明をして下さり、安倍政権の治安弾圧攻撃ともいえる組合つぶしと徹底的に闘う決意を述べられました。

続いて事務局の松原康彦さんから挨拶があり、来る310日の「関西生コンへの大弾圧を許さない310集会」への結集を訴え関西生コンとの連帯を確認しました。さらに、講師大口昭彦弁護士の紹介を行い、大口先生の講演が始まりました。

 

 関西出身の大口弁護士が熱弁

19225_2大口弁護士は関西出身で「大阪弁の講演」をしてくださり、裁判闘争のエピソードを紹介し、優しい語り口の中にも厳しい姿勢で司法権力に立ち向かう闘志を感じました。この日の講演レジュメは「成田闘争大阪集会 報告」となっており、大口先生の気迫を感じながら講演をお聞きしました。大口弁護士は「私たちが正しい主張をしても裁判所は期待はずれの判決を出す。しかしだからと言って追及の手を緩めてはならない」と述べられ、私が裁判の傍聴をした1119日の弁論冒頭で「あなたは今朝の異様な警備体制を知っているのか」と問いただしたところ裁判長は「知りません」と答えたので「裁判所は公平な裁判をするのではないのか、今日に限って異常な不公平な警備をするとは何事か。威圧することは許されない」と怒りをぶっつけた姿勢を思い出しました。

この日の講演会の内容は①訴訟の内容と経過、()異議訴訟制度について、()訴えの内容、()昨年1220日の判決と誤謬性について ②裁判の今後の展望、③三里塚闘争と訴訟、の項目に従って講演してくださいました。特に②裁判の今後の展望では、民事執法352項の誤って適用について徹底的に追及する決意を述べられました。(条文参照) 請求異議の訴え・・第三十五条 債務名義(第二十二条第二号又は第三号の二から第四号までに掲げる債務名義で確定前のものを除く。以下この項において同じ。)に係る請求権の存在又は内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする。2 確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る。』以上が法律の条文ですが、この法律に従って「請求異議裁判」がすすめられてきましたが、1220日千葉地裁高瀬裁判長は誤った解釈で「強制執行を認める」との不当判決を出しました。これに対し、反対同盟と弁護団は一体となって反撃し、東京高裁をして「申し立ての理由があると認め強制執行停止」の決定を勝ち取りました。画期的な粘り強い勝利です。

 

 空港周辺の皆さんと闘う

大口弁護士は今後の新たな裁判で、国や公団、NAAがかつて「強制執行はしない」と日本中に約束したことを追求し、さらに市東さんの農地が「農地解放手続きが徴兵からり帰還遅れによってできなかった」ことで小作地になっているが、本来は自作地であることも強く訴えてゆくことを説明してくださいました。また、今後の空港運用で深夜早朝便が増便されると騒音が激化することは明白であり、今でも厚木基地騒音訴訟時の10倍もの激甚な騒音があることを指摘。空港周辺の多くの皆さんに騒音公害問題を訴えて、飛行の増便や第三滑走路を認めない闘いを広げようと訴えられました。

一時間以上の講演を受けて、会場から次々と質問があり、東峰の森をつぶした空港会社の暴挙や島村さんへの圧力、成田空港よりも羽田優位の状況、裁判所に担保として提供した保証金の行方、などの質問について大口先生は丁寧に説明してくださいました。久しぶりの講演、ありがとうございました。

                事務局  安藤 眞一

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2019年2月26日 (火)

大口弁護士を迎えて「三里塚農地裁判は、いま」学習会

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 昨日、エルおおさかで三里塚闘争弁護団から大口昭彦弁護士に来ていただいて、「三里塚農地裁判は、いま」と題した学習会が開かれました。45人の定員の部屋が満席です。

 19225_3全日建連帯労組関西生コン支部の武書記長がお出で下さり、関西生コンへの弾圧との闘いをめぐる来賓のごあいさつをいただきました。

 大口弁護士からの講演など学習会の詳しい報告は、後日、いただきますが、市東孝雄さんの農地をめぐる農地裁判、そして請求異議裁判とはなにか。そして昨年末1220日の判決について、それがいかに反動的で、司法として無内容極まりないものであるかが明らかにされました。

 19225_5そして「司法の反動化」が言われる中で、三里塚闘争とその中での裁判闘争を闘う弁護士としての想いが語られました。とりわけ、24時間空港化攻撃、第3滑走路問題のひどさと展望のなさを明らかにされて、成田闘争の一層の普遍化を呼びかけられました。

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2019年2月18日 (月)

耕作権裁判・口頭弁論 傍聴報告(2月18日)

 千葉地裁で市東孝雄さんの南台の農地に係る耕作権裁判が、千葉地裁601号法廷で開かれました。お父さんの逝去に会った市東さんが三里塚に戻って20年が経過しますが、耕作権裁判が開始されて今月で丸12年。「不法耕作をしてきたと被告にされた」市東さんが、12年前の最初の法廷で、「なぜ、私が被告席に座らなければならないのか」と怒りの陳述をし、その怒りと「農地は、土は私の命」と訴え続けてこられた市東さんの想いが、この裁判を12年を経ながらまだ証拠調べにも入れない現実を作り出してきた。
 19218対照的に「農地(法)裁判」は、同じ南台を空港会社の同じ主張を根拠に争われながら、多見谷裁判長によるデマと自民党安倍政権への「忖度」によって早々と判決が強行され、それを東京高裁、最高裁が「追認」することで決定され、請求異議審が開かれ、2年も審理されながら結局裁判長による多見谷判決の追認としか言いようのないでたらめ極まる判決が昨年12月20日に強行された。
 この耕作権裁判と農地裁判の違いこそ、空港会社の証拠偽造、農地法違反などを根拠とするでたらめな裁判と市東さんの怒りと農民の本来あるべき「農地への想い」が裁判所に楔を打ち込み、身動きさせないでいるという現実によって生み出されたのだ。
 19218_2先立って近くの中央公園で簡単な集会、その後裁判所までのデモが行われました。集会で反対同盟の萩原富夫さんから請求異議裁判の高裁による強制執行の停止と法廷が開かれることが、報告され、同時に辺野古・沖縄の県民投票の闘いをはじめとした現局面と共に闘うことが訴えられた。
 裁判では、空港会社の黒塗りの証拠提出に抗議していた被告(市東さん側)から出されていた疑義に裁判所がインカメラで検討することになって提出されたものについて裁判所と被告弁護団とのやり取りがあった。その後、19218_4被告側から新しい証拠として、1963年当時、空港公団(現空港会社)が市東さんの畑などの現地調査によって作られた地図が提出された。これまで裁判では航空写真による「空中戦」のような論議をするしかなかった。しかし、新たに見つかったこの地図によって、この裁判で南台の畑中央にある農道の北側が市東さんが不法に耕作したものだとする(だから市東さんが被告に)畑が、実は1963年当時から市東さん(お父さんの東市[とういち]さん)が耕していた畑であることを示す決定的な証拠だと裁判後の報告会で一瀬弁護士が「こんなものがでてくるとは、驚いた」と感想を述べながら明らかにした。しかも、「不法」を主張する原告・空港会社(空港公団)が自ら作成した地図なのだ(右、葉山弁護士が示している黄色い地図)。
 19218_5そして大口弁護士が「たしかに請求異議裁判は厳しい局面にあるが、この耕作権裁判次第でその影響を受ける。全体的に闘い、頑張ろう」とまとめられた。
 この新たな局面に意を強くした、市東孝雄さんが「頑張ろう」と挨拶された。

 来週、2月25日、大口弁護士の講演で「三里塚農地裁判は、いま」と題した学習会が、午後6時半からエルおおさか南館7階72号室で開かれます。集まろう!

なお、次回耕作権裁判は、5月13日(月)、次々回は、7月29日(月)、いずれも午前10時半から千葉地裁601号法廷で開廷。傍聴券の配布が15分ほど前からはじまります。

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2019年1月27日 (日)

若狭の原発を考える会・木原壮林さん挨拶(旗開き)

「若狭の原発を考える会」です。こんにちは。
 
三里塚決戦勝利関西実行委員会2019年団結旗開き、おめでとうございます。
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50有余年の長きにわたって、農地を強奪する国策に抗して戦い続け、「闘魂益々盛んな」空港反対同盟の皆さんと関西実行委員会の皆さんに心よりの連帯の挨拶をさせていただきます。
 
安倍政権は、今、憲法に規定する戦争放棄、表現の自由、健康で文化的な生活を営む権利、勤労者の団結する権利を蹂躙する政策を次々に推し進め、憲法の実質的な改悪を進めています。
 
原発関係でも、安倍政権は横暴を極め、圧倒的な脱原発・反原発の民意を蹂躙して原発の再稼働を強行しています。彼らの利己的利益のために、人の命と尊厳をないがしろにするものです。また、脱原発に向かう、世界の潮流に逆らうものでもあります。しかも、原発稼働によって蓄積する使用済み核燃料は行き場もないのです。
 
一方、そのような状況の中でも、脱原発、反原発を求める運動は着々と成果を上げています。
 
今、圧倒的な脱原発、反原発の民意と、それに後押しされた大衆運動の展開のために、安全対策費がとくに膨大な老朽原発は廃炉に追いこまれ、福島原発事故当時、国内に54基あった原発は、今や34基にまで減少しています。
 
脱原発、反原発の大衆運動は、国内だけでなく世界にも拡がり、世界的にも安全対策費を高騰させ、最近では、日立が、英国での原発建設計画を凍結しました。安倍政権は、海外での原発建設を「インフラ輸出の柱」として推進してきましたが、その全てが頓挫したことになります。
 
それでも、関電は、来年以降、40年越えの老朽原発高浜12号機と美浜3号機を再稼働させようとしています。
 
それは、安全対策の困難な老朽原発は切り捨て、残った原発全ての運転を60年まで延長して、原発電力を「巨大資本に奉仕する国造り、戦時下でもエネルギーを確保できる国づくり」のための基盤電源にしようとする、安倍政権の政策に迎合するためです。関電はその露払いをしようとしているのです。原発の運転延長は「例外中の例外」としていたはずですが、安倍政権はこの約束も平気で蹂躙しているのです。許してはなりません。
 
私たちは、反原発運動を通して、科学技術に過剰に依存する社会、経済的付加価値の追求に明け暮れ、金のために、人の命と尊厳を犠牲にする社会と決別し、人が人間らしく生きて行ける、新しい社会を展望しようと考えています。
 
そのために、作物、生き物の生育という、自然の営みを基調とし、大地と水と空気と光の恵みの上に、成り立つ農業は、欠かすことのできない、人々の多くが関わらなければならない、重要な産業です。農業は、人間本来の生き方を学び、人間らしい感性を身に着けるための、学校でもあります。その農業が、今、国策によって、破壊されています。
 
農地を守り、農業を復権させることは、人が人間らしく生きる知恵を、自然に求めることであります。また、人の命と尊厳を踏みにじる、原発と決別することは、経済的利益のみ追求する、資本主義からの人間性の解放であります。 
 市東(しとう)さんの農地を守り、第三滑走路計画を粉砕し、全ての原発の廃炉を闘いとり、反動安倍政権を震え上がらせ、安倍政権を打倒する、圧倒的な大衆運動の高揚を、共に闘いとりましょう。

最後に、私たちの結集する「原発うごかすな実行委員会@関西・福井」は、324日には原発現地の高浜町で、老朽原発全廃を目指す「現地全国集会」を、また、519日には「関電包囲全国集会」を大阪で開催します。皆様のご賛同、ご支援、ご参加をお願いします。有難うございました。

 

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2019年1月24日 (木)

団結旗開き 事務局提起

 関西実行委員会2019年団結旗開き 事務局提起

 みなさん。関実旗開きへの結集、ご苦労様です。ありがとうございます。私、松原の方から事務局の提起をさせていただきます。文章化して配らせていただいています。それを読む前に、一言お断りしておきますが、これは関実、あるいは事務局のなかで討論されたものではなく、関実では40年ほど前の永井さんの基調報告以来、話すことを託した本人に任せることが恒例になっています。その点で、あくまで私の私論です。

まず、昨年12月20日、請求異議裁判で不当きわまる判決が行われたことに、満腔の怒りを表明します。高瀬裁判長は2年間、何を審議したのか、そもそも何ゆえにこの裁判を開いたのか。

私たちを取り巻く情勢は、安倍政権が、沖縄の辺野古への昨年1214日から開始した土砂投入、あるいは昨年6月以来の関西生コンへの異常きわまる弾圧が、改憲攻撃の激化という中で進んでいることがその大前提、安倍政権の実態を明らかすることが大前提となるだろうとは思いますが、時間的制約もあり、その点を指摘するにとどめさせていただきます。

まず第一に、この13日、三里塚反対同盟の旗開きでの多くのみなさんの挨拶と決意がそうであったように、「いよいよ到来した決戦」とみなさんが呼号されるとき、私たちが直面している局面は、あの1968年から71年の50年前と同じものなのでしょうか。そんな夢想をするとしたら、三里塚闘争の歴史を矮小化することであり、敗北主義であり、無展望以外のなにものでもありません。
 多くの皆さんが具体的に触れたことを積極的に理解するとすれば、いつ強行される局面になるか全く見えないのですが、それは「市東さんの農地に国家権力が手をかけることは許さない」という意味での闘いということでしょう。しかし、沖縄の高江、そして辺野古でのわれわれ反対派に対する国家権力の暴力的・権力的対応をだすまでもなく、予想されるイメージはかなり厳しいものではないでしょうか。天神峰現闘本部の封鎖(1990年)、同本部の解体・撤去(2011年)、団結街道封鎖(2010年)、これらの夜陰に乗じた襲撃的攻撃を私たちは忘れません。沖縄のみなさんがその現実の中でなおも「あきらめない」と闘いを継続していることは非常に大切なことであるし、将来への重要な切り口として提示されているとしても、そこまでの運動的実態が、この三里塚で形成されてきたでしょうか。それを「50年の闘いの歴史」や、萩原富夫さん、市東孝雄さん、三里塚農民の個々の人びとの主体に依拠するとするとすれば、あまりにも無責任ではないでしょうか。

第二に、市東孝雄さんが「土は、農地は、私の命です」という言葉の持つ決定的重要性です。
 私は、13日の旗開きでの挨拶の中で、「1220判決」と国会で漁業法の改悪が同じ時に行われたことに触れました。そこで言わんとしたことは、安倍政権が、アジア太平洋における「TPP11」、ヨーロッパとの「EPA」、そして水面下で進められているアメリカとの「FTA」、これらは、この国、地域の農業、漁業など、第一次産業に従事する人々を切り捨て、グローバリズム、巨大金融資本に売り渡そうとしている流れです。辺野古新基地建設や関西生コンへの弾圧に象徴されるように、安倍政権にとっては「人々のくらし」そしてそこでの「自然」、地域のたたずまいなどは、最早どうでもよいことになってしまっています。
 実は、こうした安倍政権のあり方を根底的なところで撃ち抜いているのが市東さんの「土は、農地は、私の命です」という言葉なのです。
 その意味で、ここでの攻防に私たち関西実行委員会の全力を投入するというのは、きわめて当然な正しい方針だろうと思います。その時がいたれば、私たちも全力で馳せ参じなければなりません。

その上で、第三に、私たちはこの闘いの中にあって「国策」と闘うと表現してきました。
 今の農業切り捨て、グローバリズムに日本の第一次産業を切り売りしていくことを通して、日本の大資本が柱となっている多国籍企業の生き残る道を模索している安倍政権の政治、大きくは、戦後の自民党農政に、米問題が象徴するように、農民は展望を失い、離農し、耕作放棄してきたというのが戦後の農民、農業の現状ではないでしょうか。
 2030年を目標に進められている1000ヘクタールもの農地、土地の強奪を前提とした成田空港の第3滑走路問題に対して、あるいは成田空港の規制緩和による殺人的な騒音を強制することに対して、反対運動が激しく起ちあがることなく、成田空港会社NAAのキャンペーンであるにしろ、「8割の地権者との交渉は終わった」とされる原因に、予定地域を中心とした農民の「諦め」「農業への展望のなさ」が大きく横たわっているのではないでしょうか。
 もちろん、置賜の農民群をはじめ全国各地で苦闘しつつ踏ん張っておられる農民のみなさんがおられることも承知しています。13日にも、唯一、匝瑳市の小川浩さんが農民会議を代表してTPPに触れ、農民の闘いを、傾聴に価する内容をもって語っておられました。この農業、農民が立っている苦境に抗って大きく枠組みを作っていこうとする闘いが焦眉の課題となっています。今更の感はありますが、そうした「枠組み」が形成される中から、市東さんの農地問題を農民共通の基軸的な問題とする流れが生まれてくることが何より求められているのです。農業問題のその流れの中から市東さんを守ろう、支えようとする取り組みが、大きな意味を持つものとなるでしょう。このことについて私たち関西実行委員会がどうできるのかあらためて考えなければならないと思います。

 第四に、三里塚闘争50年の中で、萩原さん、市東さんはそれぞれ、親子3代、2代にわたって闘い抜いてこられました。私たち自身を省みればわかることですが、実は大衆運動で親子が引き継いで2代、3代と闘いを継続することは、ほとんどあり得ない、稀有のことです。50年という歴史の経緯の中で農村共同体の体をなさない三里塚の現実にあって、その困難性は言うまでもありません。先日の1220日の後の市東孝雄さんの決意の表明、あるいは13日の旗開きでの、市東さん、萩原さんの発言を通して、お二人の固い闘いへの想いと決意は明らかにされました(あるいは、この報告の前の萩原さんの挨拶)。そのお二人の後を引き継ぐものがあるかどうかは、最早、お二人の責任ではありません。それは三里塚闘争の闘いそれ自身が解決できるのかどうかの問題です。このことは、私が、本質的な問題とは別に第三の問題を指摘したひとつの原因でもあります。
 実は、沖縄の辺野古の新基地建設反対、あるいは全国の原発再稼動反対、これらの闘いも、地域のひとびとが思うように自然に生きていけなくなっているところで、形こそ違え三里塚のこうした問題を共有しています。まさに「国策」に反対する根が一つの闘いなのです。
 新しい年を迎えた私たち三里塚関西実行委員会は、こうしたいくつもの問題を引き受け、今年も、三里塚反対同盟のみなさん、萩原さん、市東さんとともに闘い抜いて行きましょう。

 当面、まず、別紙案内にあるように225日『三里塚農地裁判は、いま』学習会に参加しよう!
 そして、成田市内で開かれる331日、三里塚全国総決起集会に参加しよう!

また、若狭の原発を考える会の木原壮林さんより提起のあった老朽原発をうごかすな! 324高浜現地全国集会、519関西電力本店包囲全国集会に参加しよう!

沖縄・辺野古のたたかい、あの自然豊かな海を殺す土砂投入を許さず、辺野古新基地建設反対をともに闘い、とりわけ224県民投票に連帯しよう!

217狭山集会に連帯し、石川一雄さん、袴田巌さんの再審無罪を勝ち取ろう!

最後に、全日建連帯労組関西生コン支部への警察・国家権力の総力をあげた弾圧攻撃、組織破壊の攻撃を、多くのみなさんとともに跳ね返す闘いにともに起って連帯しよう!

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2019年1月23日 (水)

関西実行委、2019年団結旗開き、開かれる

 去る1月20日、三里塚関西実行委員会の「団結旗開き」が、三里塚から萩原富夫さんを迎えて、50人の参加で、事務局の安藤の司会で開かれました。
 19120初めて尼崎・伊丹実行委の弥永さんが集会の主催者挨拶をして、始まりました。19120_2

 反対同盟を代表して萩原さんが、1月13日反対同盟旗開きに出された『闘争宣言』を読みながら、解説を加えての挨拶をされました。

 連帯の挨拶として、部落開放同盟全国連合会から、瀧岡さん。19120_3若狭の原発を考える会から木原さんがそれぞれ挨拶をいただきました。瀧岡さんは、狭山闘争が再審を勝ち取れるかどうか重要な局面に入ったことを訴えられた。木原さんは、老朽原発の再稼動を絶対に許してはならないと、3・24高浜現地、5・19関電本店それぞれでの全国集会を訴えられた。

19120_5 ここで関実事務局を代表して松原から「提起」が行われた(後日掲載)。

 19120_6永井関実代表世話人が、簡単な挨拶の後、乾杯の音頭。

 この後、しばらく歓談の時をもった上で、被災地雇用と生活要求者組合の19120_7長谷川代表を皮切りに皆さんからの年頭の決意や訴え、そして梶原さん、若狭の橋田さんなどから「隠し芸」「歌」が次々と披露され、にぎやかな旗開きが今年もできました。
 19120_8風をおこす女の会のみなさんと萩原さんが踊る一幕も。

 今年は、永井代表が中座して帰られたため、恒例の「賛美歌」はなく(ほっ!)、最後に皆さんが円座になって、反対同盟歌「大地に撃てば響きあり」と「インターナショナル」の合唱で無事に旗開きを終えました。

 大口弁護士を招いての2・25「三里塚農地裁判は、いま」学習会を成功させ、3月31日、成田市赤坂公園で開かれる三里塚全国総決起集会に集まろう!19120_9


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2019年1月14日 (月)

三里塚反対同盟旗開き (1月13日)

 昨日、1月13日(日)、三里塚芝山連合空港反対同盟の『2019年新春団結旗開き』が、午前中の東峰部落現地での集会・デモをやりぬいて、午後1時から、成田市内で開かれました。集会は、多くの人々の発言に、冒頭に昨年12月20日強行された「請求意義裁判」判決への怒りの弾劾と、これを跳ね返して安倍を倒す先頭に立つ中から三里塚闘争の勝利を呼びかける声で充満しました。

 19113冒頭、反対同盟の萩原富夫さんから、年頭に当たり反対同盟より出された『闘争宣言』(「19.1.13PDF三里塚闘争宣言.pdf」をダウンロードが読み上げられ、その上で当面の闘いとして重要な闘いとそのための400万円カンパの要請があった。そして農を守る先頭に三里塚が立つことをやっていくための、三里塚の農業への支援、援農、現地調査が訴えられた。最後に第3滑走路計画の理不尽さを糾弾された。

 19113_3続いて市東孝雄さんがたたれて、挨拶をされた上で、乾杯の音頭をとられました。
 市東さんは、「農地は私の命です」と訴えられて、12・20判決がいかなる事態を生もうが、天神峰にとどまり闘いぬく決意を明らかにされ、お父さんが亡くなられてから20年を経たことにふれながら「(親爺のモットーであった)老いて闘魂ますます盛んなり」を自らの想いとして闘いぬいていくことを明らか印して満場の拍手を受けて、乾杯の音頭をとられました。

19113_4 その後、しばらく歓談が行われたああと、恒例にしたがって、動労千葉の田中委員長、三里塚関西実行委員会からは松原、そして市東さんの農地取り上げに反対する会の皆さんからの挨拶などが続きました。
 そして、支援の市民団体や党派の皆さんからそれぞれ年頭の決意が語られて、2時間あまりの盛り上がった『旗開き』を終えました。

 

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