2018年5月16日 (水)

耕作権裁判を傍聴して (5月14日)

裁判長がNAAに文書開示の勧告

 

裁判所の入り口検問に抗議する

 514日、千葉地裁民事第2部・内田博久裁判長により「耕作権裁判」の第37回口頭弁論が開かれました。この日も午前9時から千葉中央公園で決起集会が開かれ、18514関実を代表して安藤も挨拶、夜来の豪雨もあがって、裁判所までのデモ行進が行われました。久しぶりに裁判傍聴闘争に参加して、千葉地裁の物々しい入口検問にビックリ。手荷物検査と金属探知機検査のアーチをくぐらさせられ、思わず空港の出発検査を思い出しました。こんな不当で人権侵害の暴挙を許すことは出来ません。危険な存在は不当判決をねらう裁判所であり、暴力で市東さんの農地を強奪するNAAではないのか、と怒りがこみ上げてきます。結集した皆さんは、怒りをバネに裁判に向かいました。

内田裁判長の姿勢

 昨年の9月以来8か月ぶりに裁判傍聴をした安藤の感想は、前回「おまえはNAAの代理人か」とヤジを飛ばすほどNAAを庇護した言動が多くあり、問題の重要な炭塗文書開示も「原告が何度も開示しないと言っているので裁判所からは言えない」18514_2と繰り返していましたが、今回の裁判では「開示の必要性があるので任意解除してはどうか」と強く勧告。困った原告NAAは「回答は一か月待ってください」と開示の引き延ばしを諮りました。しかし一方では問題の多いインカメラ審理の言及もあり、今後も公正で民主的な訴訟指揮を追及しなければなりません。

問題の炭塗文書「乙85号証」は、2012年に下された文書提出命令によってNAAに提出させた数少ない書証の一つです。この資料は1970年当時の南台の農地について、小作者である根本、石橋、市東の三軒がそれぞれどこを耕作していたかという耕作状況を調査した図面入りの資料で、空港公団(NAAの前身)によって作成されたものです。2012年に提出された時、肝心な部分が炭塗りにされていたわけですが、市東さんの賃借地が図示されていて、それが現在の耕作場所と一致することから、市東さんにとっては決定的な証拠のひとつです。全面開示にむけて闘いましょう。

この日の裁判では、文書開示のほかNAAの偽造文書問題を追及するために、印鑑・印象の鑑定や、筆跡鑑定の問題点を弁護団が追及、また耕作地が都合よく変えられていることも指摘、その当時の交渉記録の開示も求めました。この追及にNAAは検討します、を繰り返し逃げの姿勢を示していました。次回の裁判を93日、次々回を1119日との期日を決めて閉廷。

法廷後の報告会で

裁判終了後にキボールの会議室で「報告会」が行われ、最初に市東さんが「524日、18514_3628日に総決起して下さい」とあいさつ。続いて葉山弁護士より「今日はかなり突っ込んだやりとりが出来た。今後も鑑定への反論、耕作地変遷の追及、交渉記録などの開示、炭塗文書の開示を求めてゆきたい」との訴訟方針が説明されました。続いて遠藤弁護士は「数か月前まで内田裁判長は開示を拒否していたが、我々の追及におされて開示を勧告したことは前進だ」とあいさつ。大口弁護士から524日の裁判の為に小泉さん加瀬さんが証言してくれる準備で何度も訪問されている報告があり「お二人とも全面的に協力するとおっしゃってます」と話されました。             (事務局 安藤眞一)

 

 

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2018年5月14日 (月)

重大な局面を迎えた請求異議裁判 (関実ニュースより)

 重大な局面を迎えた請求異議裁判
 「国策」による農地強奪を許すな!

 すでに報じられているように、市東さんの農地をめぐる最高裁決定による強制収用が非常に具体的様相を帯びてきました。
 この過程、市東さん、反対同盟、弁護団の必死の闘いが最高裁決定を、請求異議裁判という形で押し返してきました。しかし、昨年末の法廷で、裁判所は「次回法廷での萩原富夫さんと市東孝雄さん本人の証人尋問で終わらせる」と早期判決の意志を突然明らかにしました。弁護団を先頭にした傍聴席を含むわれわれの必死の闘いが、5月24日(午後2時から)加瀬勉さん、小泉英政さんの証人採用、6月28日(午後2時から)萩原富夫さん、市東孝雄さんの証人採用というところまで、裁判所を押し返しました。その上で、裁判所は、あくまで「国策裁判」として最高裁決定をおしきるために、弁護団による抗議を無視して、7月17日の結審強行をいまだに匂わせています。極めて重要な局面にあるということをあらためて皆さんに訴えます。

 嘘で固めた農地裁判
 
そもそもこの市東さんの農地をめぐる農地法裁判は、2013年7月29日に強行された千葉地裁多見谷裁判長による不等・不法な反動判決に依拠して、高裁決定、最高裁決定が強行されました(多見谷裁判長が、この判決を根拠に直後に東京高裁に栄転し、さらにすぐ、福岡高裁那覇支部所長に転出し、辺野古をめぐる不当判決など犯罪的役割を果たし続けていることはご存じのとおりです)。
 Jpg農地裁判では、市東さんの南台の農地と天神峰農地と作業場(市東さんの自宅前)の明け渡しが求められています。右図は、その南台の空港会社が出してきた図面です。そのうち、図の「41‐8」と「41‐9」を市東さんが借りて耕している農地だとしています。
 また、空港会社は、図の薄い色の部分の農地を市東さんが不法に無断で耕してきたとして「不法耕作」と断じ、別の裁判(耕作権裁判)で訴え、すでに11年以上が経過してなお、千葉地裁で争われています。しかし、この耕作権裁判がまだ証人尋問にも入れない最大の理由が、この農地図の根拠として出してきた証拠の「境界確認書」などが空港会社が偽造した疑いが大きくなり、空港会社がこの指摘に対応できないからです。
 また、農地「41‐9」は、市東さん親子3代が100年にわたって一度も耕作したことがなく、故石橋政次が借りていたことが裁判の中で明らかになっています。このように裁判の大前提となる地割図面がまったくでたらめで、そもそも裁判自体が成り立たないはずなのです。2013年の多見谷判決とは、これらの事実が明らかになる過程で、それらを無視して、一切の審理を放棄して強行された判決であり、到底許されるものではありません。そもそも、裁判の前提となる成田市農業委員会の決定や千葉県農業委員会の決定が、耕作者であった市東孝雄さんの立ち会いもないまま、千葉県に至っては現場検証すら行なわず、空港会社のこの図面を鵜呑みにして決定を強行したのです。これ自体が違法・無法な暴挙です。
 加えて空港会社がこの市東さんの農地を取得したのが1988年です。しかし、この時、耕作者の故市東東市(とういち 孝雄さんのお父さん)さんの立ち会いもなく、農業委員会に届け出ることも行われませんでした。これは耕作者主権を定めた農地法の趣旨に違反しています。しかも、空港会社は取得後15年間その事実を隠し、市東さん親子は旧地主に地代を払い続けていたのです。こんなひどい詐欺まがいのことが、「国策」の名のもとに行われることがどうして許されるでしょうか。また農地法では、この当時は農地を取得する法人はその農地が所在する都府県に法人登記されていなければならないとされていました。当時空港公団(後の空港会社)は東京にあり、当然千葉県には登記されていません。このように空港会社による市東さんの農地取得は、それ自体が二重、三重に農地法に違反する犯罪行為なのです。
 請求異議裁判が、このように出鱈目な多見谷判決を根拠とした最高裁決定を是とする判決を強行することなどどうして許されましょう。「国策」の名の下に、このような違法行為、不法行為を根拠とした市東さんの農地の強制収用、強奪がどうして許されましょう。
 多くのみなさんが、5月24日、6月26日公判に結集し、裁判所の不法、農地の強制収用決定を許さない陣形を生み出すことを心から訴えます。当日は、裁判所近くの公園で正午から集会、デモを行い、裁判所の傍聴闘争に参加することになっています(詳細不明)。行ける方は正午に千葉へ! (松原康彦)

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2018年4月23日 (月)

関電包囲全国集会で市東さんの署名活動

 Img_4151_2昨日、少し暑いくらいの晴天の中、「4・22大飯原発うごかすな!関電包囲全国集会」が関電本店で、750人の結集で開かれ、集会後、御堂筋の多くの買い物客の注目を集めながら、なんばまでのデモがおこなわれた。

 集会では、最後に大飯原発4号機の再稼働に反対しようと、5月9日の現地行動が呼びかけられた。「IMG_0004.pdf」をダウンロード



 この集会に先立って、三里塚の「市東さんの農地取り上げ判決に異議あり!」の署名活動が行われ、58筆の署名が得られた。Img_4155


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2018年4月 5日 (木)

4・1 三里塚全国集会 報告

 41日満開の桜吹雪が舞う成田市栗山公園で700名が結集して全国集会が開催されました。1841この日は穏やかな桜日和にもかかわらず、反対同盟市東孝雄さんの農地取り上げとの厳しい状況下での緊迫した集会となりました。

 24日の関実旗開きでも懸念されていましたが、この38日の請求異議裁判で千葉地裁高瀬順久(よしひさ)裁判長は早々に証人尋問、本人尋問を終わらせ、7月最終弁論でもって早期結審を目論んでいることが明らかになりました。

 加えて313日、国とNAAは千葉県と空港周辺9市町でいわゆる4者協を開き、3本目の滑走路(3500㍍)の新設と運用時間拡大で合意しました。最後まで「抵抗」していた横芝光町の佐藤町長も結局は地域振興策という「アメ」のために町民を見捨て、森田知事にいたっては「(当該住民には)真摯に丁寧に説明していく」と安倍首相のペテン答弁をそのまま「採用」している始末です。新たに多くの住民に住居移転、騒音被害を強制することをどうやって「真摯に丁寧に」説明出来るというのか、怒りに耐えません。

新たな北総住民の反乱を

 1841_2このような状況下で基調報告に立った萩原富夫さんは、1971年の大木よねさんへの暴力的強制収用を国とNAAがその養子である小泉英政氏に2015年に謝罪と補償を行い「二度と繰り返さない」と約束したことにふれ、この裁判で市東農地の強制収用を可能にする判決を求めるペテンと矛盾を糾弾しました。

 そして4者協の「合意」に対しては「とてつもない規模の用地と広範な騒音被害の影響がある・・・50年前と何ら変わらぬ住民無視の暴挙と対決し、新たな北総住民の反乱を」と訴えました。そして「沖縄、福島と連帯し、改憲阻止、安倍打倒へ」とさらなる闘いの連帯を訴え報告を終えました。

  農業破壊と闘おう

 18413_2動労千葉・田中委員長の挨拶の後に立った関西実行委の松原さんも4者協決定に怒り、新しい空港(滑走路)が国会にも諮られず(4者協という)一民間組織の判断だけで決められることの不当性を指摘し、70年代の関空闘争の経験から騒音問題が多くの住民を苦しめる大問題になることを強調し「再びナリタでそれをさせてはならない」と訴えました。

そして今日の日本の農業政策が家族農業を否定し、農家として生きていけない状況を作り出している現実を踏まえ、三里塚先頭にこのような政策と闘うことを訴えました。

1841_4全日建連帯労組関生支部の西山さんの排外主義や春闘における御用組合との闘いの報告と三里塚連帯、安倍打倒の決意表明の後、当該の市東孝雄さんが「訴訟は圧倒的にこちらが押しています。私が闘う所それが天神峰で農地を守ることです。これからも全国の闘う人々と共に」といつもの落着き払った発言は故北原事務局長の「三里塚は健在です」という名言を彷彿とさせ力強く感じました。

 そして農地取上げに反対する会、全国農民会議、カンパアピールと続き、1841_5その後は関西実の旗開きにも来ていただいた川口真由美さんのお楽しみのミニライブです。彼女は約15分にわたり沖縄の闘いを中心にした歌を会場と一体になって唄いました。彼女ももうすっかり三里塚勢力の一員になったようです。

健一さん飛び入り発言

 その後、福島(椎名千恵子さん)、沖縄(知花昌一さん、金治明さん)、若狭(木原壯林さん〔メッセージ〕)、全国連(滝岡さん)等の挨拶が続き最後に太郎良陽一さんが行動提起に入ろうとしていたとき、故北原事務局長の長男健一さんが飛び入り発言。

 1841_6昨年10月の全国集会では事務局長が亡くなられた直後でもあり、悲しみをこらえた発言でしたが、この日は50年前この栗山公園(当時は成田市営グランド)で親子で闘ったことを懐かしむように穏やかな発言でした。そして驚いたのは顔は勿論、その低音で太い声が親父さんそっくりだったことです。「(親父の)50年間は正しかった・・・闘わなければ未来はない」とこれからも同盟の先頭で闘うことを表明しました。

 反対同盟事務局長の家族として、これまで何度も卑劣ないやがらせや脅迫を経験してきたことでしょう。しかしその「親父の50年」を心から尊敬できるなんて何とすばらしいことでしょうか。私もそんな親父になれるかなあ・・・まあ無理やな。

 それはさておき、請求異議裁判が、524日(木)、628日(木)いずれも午後2時より千葉地裁で証人尋問、本人尋問が予定されています。多数の結集をお願いします。

         尼崎伊丹実行委  弥永 修

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2018年3月 9日 (金)

「請求異議」裁判を傍聴して (3月8日)

 38日、千葉地裁(高瀬裁判長)で、市東さんの農地をめぐる最高裁決定に対する「強制収用をするな」という「請求異議」裁判(第5回)が行われました。
 1838_2裁判に先立って、千葉市中央公園で降りしきる雨の中、裁判前の簡単な集会とデモが行われました。

 三里塚反対同盟を代表して、萩原富夫さんから、今日の裁判で打ち切ろうとした高瀬裁判長に対して「市東、萩原はもちろん、小泉、加瀬、そして石原、鎌倉、内藤の専門家による証言をかちとるために傍聴席も一体となって闘おう」と呼びかけられた。そしてつい先日4100名を超えて勝ち取られた芝山町現地闘争が報告され、横芝光町の佐藤町長が「成田機能強化案」への可否判断を持ち越したことによって、5日に予定されていた1838_3
「四者協議会」(国交省、空港会社、千葉県、成田市)が延期せざるをえなくなり、年度内といわれていた「機能強化案」の決定ができなくなっていることが報告され、地域の住民とともに、日本の農業のために、「機能強化」による生活と農業の破壊を許さない闘いをしていこうと呼び掛けた。

 1838_4動労千葉、三里塚関西実行委員会、市東さんの会から挨拶と決意が語られ、シュプレヒコールを全体でやって、裁判所に向けてデモに出発した。

 デモ終了後、裁判所に対し市東さんの農地に対する強制収用を行わないよう求める署名2944筆(全体で13643筆)が提出された。

 裁判傍聴には100名近い人たちが駆けつけ、1838_5久しぶりに傍聴券の抽選が行われた。金属探知機による検問、手荷物の検査が今日も強行され、抗議して拒否したひとは法廷まで追いかけてきて検問を強行するという暴挙まで行われ法廷の外が騒然とした。

 法廷では、前回に引き続き、金属探知機による検問に何の反省もなく開き直る高瀬裁判長に対する抗議が弁護団から行われた。その上で、葉山、大口、長谷川、西村、遠藤、一瀬の各弁護士より、あまりにも無内容な空港会社側の弁護団が出した書面を批判しながら、1838_6諄々と弁論が行われた。運用実績が低迷する中での成田空港の機能強化、拡大の「国策」への批判。市東さんの無農薬有機農業の大切さと代替え不能性。そもそも強制収用という「権利の乱用」への批判。そして加瀬、小泉の現地農民の証人はもちろん、すでに意見書が出されているというものの鎌倉、石原、内藤の証言を裁判長が直接聞くことの重要性などが静かに語られた。

 傍聴席も激しいヤジは影をひそめ、裁判長に諭すようなヤジが繰り返し行われた。正直、「荒れる法廷」を予想していた私にも、驚きがあるほどでした。

 1838_7この雰囲気に押されたのか、高瀬裁判長は、当初表明していたものから後退し、524日(木)に小泉、加瀬の証言、628日(木)に萩原、市東の証言、7月に最終弁論と日程を出してきた。弁護団からさらに学者の専門家としての証言の重要性と、弁論準備の日数が少なすぎると要求が出され、次回以降に検討がされるというところまで押し返した。

 しかし、法廷後の報告会で確認されたように、高瀬裁判長が、今回の法廷で萩原、市東の証言で終わらせようとした前回の法廷での意図そのものまでを後退させたわけではない。次回524日、次々回628日、いずれも法廷を包囲する動員と、弁護団とともに傍聴団も頑張ることが必要だ。4・1全国集会を熱気あるものにし、56月を闘いぬき、市東さんの農地を守ろう!

 なお、法廷はいずれも午後2時からです。前段の集会、デモが午後12時過ぎになると思われます。

 みなさん。かけつけよう。

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2018年3月 5日 (月)

芝山町現地闘争 (3月4日)

 Img_3858昨日4日、成田空港の「機能強化」「第三滑走路建設」に反対するデモが芝山町現地で行われた。

 芝山町長相川が「空港機能強化案に反対する団体には(会場を)貸せない」と反動的に敵対する中で、Img_3863岩山の野戦病院に集まり、芝山町役場までの5.4キロのデモをシュプレヒコールを絶やさず、たたかいぬかれた。

 Img_386570年代、関西空港反対を始める最中で、大阪空港騒音訴訟の裁判の傍聴や、川西久代地区、豊中服部地区などで、騒音で眠れない、受験生やお年寄りが押し入れの中で暮らしているとか、ノイローゼからの自死など様々な被害を直接お聞きしていただけに、その闘いの中から勝ち取られた内陸空港での使用の規制(夜間使用の禁止)を、安倍政権が成田空港の「拡張」「機能強化」と称して、今回、夜間に7時間から4時間半に短縮した飛行禁止の規制を緩和するという住民の暮らしを破壊する暴挙に出ていることに対し抗議するとともに、この日、芝山町の住民のみなさんへの呼びかけが行われた。

 前日の朝日新聞千葉版(「18.3.3朝日新聞千葉版.pdf」をダウンロード)には横芝光町の町長が「判断を持ち越す」と報じられている。28日行われた横芝光町での説明会でも抗議の声が叩きつけられた。

 快晴の好天に恵まれ、気持ちよく、しかし安倍政権のあまりの住民無視に怒りを込めたデモが行われ、8日に行われる市東孝雄さんの農地をめぐる請求異議裁判への闘いへの決意も固められた。

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2018年2月20日 (火)

耕作権裁判を傍聴して (2月19日)

 昨日19日、千葉で市東さんの農地が不法耕作だとする「耕作権裁判」の口頭弁論が開かれた。

 18219裁判に先立って、千葉中央公園で簡単な集会が開かれ、裁判所までのデモをしながら、千葉市民に市東さんの問題を訴えた。

 裁判所に行って驚いたのは、金属探知機を用意してガチガチに裁判所が構えていることだった。その異様さに彼ら裁判所自体が馴染まないのか、傍聴の前と、後に二度も検査を行い、しかも荷物を開けさせるという令状なしの人権侵害を行った。あちこちで抗議と罵声が飛び交った。(左下写真の背中が集会での市東さん)

 18219_2裁判が始まって、弁護団がこの異様な事態を、40分以上にわたって内田裁判長に抗議した。「管理の問題で関知しない」という裁判長のふざけた態度に傍聴席もヤジと怒号。追い詰められた裁判長は、「合議します」と退廷し、その結果、「管理の方に、みなさんの意見を伝えます」と事態を収拾せざるを得なかった。

 後で、この事態があの「サリン事件」(1995年)以来東京地裁で続けられ、最近の仙台裁判所で起こった事件をきっかけに、仙台はもとより、横浜、大阪などでも荷物の検査も含めて広がり、千葉でもこの2月から始まったというのを知った。三権分立の「建前」をかなぐり捨て、今や裁判所が「治安の尖兵」となった象徴的事態だと怒りを持って思った。

 ようやく始まった耕作権裁判の口頭弁論で、弁護団から要求されていた市東さんの農地をめぐる「買収交渉経緯の記録」をNAA(成田空港会社)が持っていないという、どこにもないという答弁を繰り返す。国会での森友事件を連想するような「ありえない」弁論に、傍聴席の怒りは高まる。「それなら提訴を取り下げろ!」と。

 18219_3法廷後、弁護団と市東さんは、先日の請求異議裁判で結審をにおわせた高瀬裁判長に対し、証人尋問などの実質審理を強く申し入れ、萩原さん、市東さんのほかに小泉英政さん、加瀬勉さん、憲法学者の内藤光博さんなどの証人採用を求めた。高瀬裁判長は、小泉さんの採用を匂わせながら、その上で、証人尋問の審理は、5月21日か24日の午後から半日だけにするという意図を明らかにした。具体的には、次回の3月8日の弁論の上で裁判長の訴訟指揮として決めると。(左下写真は、報告会で挨拶する市東さん)

 18219_4特に小泉さんは一昨年までの裁判で中で、空港会社NAAに、大木よねばあさんに対する強制執行(1971年)は間違いだったと謝罪をさせ、和解した。この同じ時期に、強制収用を意図した市東さんへの農地裁判の攻撃、最高裁決定があり、このダブルスタンダードを許さないという上で、非常に重要なのだ。

 3月8日、請求異議裁判での高瀬裁判長の恣意的な判断を許さない、法廷のみならず、裁判所を包囲するような迫力ある闘いが必要となっている。3月8日、千葉地裁に集まろう! 9時に中央公園へ!

 なおこの日、芝山で9市町による「成田空港圏自治体連絡協議会」が開かれ、成田空港の「機能強化」と「第3滑走路建設」に向けた話し合いが行われた。反対同盟と支援連のみなさんは、裁判報告会後、千葉駅頭での市東さんの署名活動と、芝山町での「協議会」への抗議活動に二手に分かれて行動した。

 地元住民の声を無視し、「機能強化」「第3滑走路建設」にむけ押し渡ろうとするこの蠢きに対し、3月4日、5.4キロの芝山町現地での抗議デモが重要になっています。関西からも、3・4、3・8の連続闘争を闘いぬき、4月1日、成田市栗山公園での全国総決起集会に集まろう!

 なお、耕作権裁判の次回口頭弁論は、5月14日、次々回は9月3日、それぞれ午前10時半から601号法廷で。

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2018年2月 9日 (金)

関実旗開きでの「事務局からの訴え」

どうもご苦労様です。

 実は川口真由美さんと入れ違いで一昨日まで沖縄に行っていました。私は、三日間、朝8時から晩8時まで、間に4時間の休憩をはさんで「不正投票監視団」というのをずっと市役所の北側の期日前投票所でやっていました。1824雨が降って、海岸ですからものすごく風が強くて、実は冬のコートを着て、マフラーをして、手袋をして、それでも寒いので、仕方がないので、二日目からは下着を二枚にしてという、持って行ったものがそれだけしかなかったのですが、それでも震え上がっていたという闘いをやっていた。驚いたのは、期日前投票にきた車の列が、午後6時くらいから数珠つなぎになって終わる8時直前まで切れないんですよね。まさに異様ですよ。まあ、この選挙は、年末に菅(官房長官)が来たり、安倍政権が全力でやっています。先ほども現地からのFacebookを見ると、そういうことの結果として、昨日に終わった期日前投票が、21千票、これは全有権者の44%ですよ。神戸やったら市長選挙で20%台の投票率ですからね。すごい量です。前回の市長選挙が(期日前投票は)15千票ですから、それを6千票も上回る。明らかにそのほとんどが、自民党、公明党、そして始まった工事の関連業者。さすがに(批判されて)バスとかで来るのは無いんですけれども、車のピストン運転。これを見たときにほんとに肌寒いものを覚えました。

 安倍政権というのはこういうやり方を平気でやるんだ。

 私たちは、三里塚を考えるときにこういう彼らのやり方を徹底して頭において闘わなければならないということを申し上げておきたいと思います。

 すでにみなさんが言われましたように、あるいはこのプログラムの中にありますように、私自身、219日の耕作権裁判、34日の辺田部落、芝山町での現地集会、これはいまだに会場が決まらないという妨害を受けているわけですけれども、さらには38日の請求異議審の裁判、そして41日の全国集会に連続していきます。

41日の全国集会は、栗山公園という成田駅から歩いて10分くらいで行けるところですから、(関西から)朝から出ても間に合います。私も前日のホテルが取れなかったので、その日の朝から出て向かいます。現地に行きやすいですので、ぜひ関西からも全力で参加してほしい。

 その理由は、先ほどらいの発言の中にもありますけれども、この(私の)恰好をみて何が始まったんやと思われるかもしれませんが、要するに決戦なんです。先ほど(市東さんの会の)小川さんも言っていましたけれども、今まで毎回、毎回、「決戦」「決戦」と言ってきたんですけれども、今度は違う。

 今年に入って最初に驚いたのは、反対同盟の旗開きにマスコミが6人も来ているわけですよ。だいたい、毎年2人か1人です。それが6人も来ている。それは、警察、権力が指示しない限りはないです。あの天神峰(現地闘争本部)が破壊されたとき(201186日)、前日にマスコミが私たちにそろって「明日は何もないよ」って言っていた。それで僕らは安心して寝たんです。ところが夜中の3時に叩き起こされて、現地に駆け付けた4時ころには、もうマスコミが全部そろっているんですよ。マスコミってどういうものなの。警察から「反対派には言うな」と言われて教えてもらって来ている。このことからも、今年の旗開きにマスコミが6人も来ているというのは警察から指示・情報があるからだと思うんですよ。

 最近の裁判で2回ありましたけれども、裁判長が明らかに事実審理をやらなくて、例えば請求異議審の裁判では「市東さんと萩原さんを証人採用するからそれでいいだろう」というかたちで結審策動を始めたわけです。今年に入っても新やぐら裁判で明らかに日程を優先した、「早く終わりたい」という意思をむき出しにした。これに対し、弁護団と反対同盟、傍聴席の頑張りで突破していますけれども、とてもそれは安心できない。請求異議審は次回法廷を確保しましたけれども、裁判長がすでにそういう風に言っているわけですから、次は「市東さんと萩原さんの証言で終わる」という決定を出す可能性が十分にある。国はつねにこういう策動を裁判所を通して続けてきた。

 辺野古の裁判で悪辣な役割を果たした多見谷裁判長が、その前に千葉地裁で何をやったかということを私たちは忘れません。今、国がそうしたすべての手を使ってやろうとしていることを、辺野古で、沖縄で、名護でそうであるように、一人一人が、みなさんが、そのことについて警戒し、「俺が行く」「俺がやる」ということじゃなくって、みなさんの周りでこのことを伝え、話し合ってほしい。そのことが何よりも大事だと思います。

 1824_2その上で、冒頭、(若狭の原発を考える会の)木原さんから話がありましたけれども、我々都会にいるとなかなかわからないですけれども、今、減反政策の廃止、種子法、さらには欧州とのEPA、あるいは11TPP、アメリカがついに乗りそうな話にもなってきていますけれども、こういうもので、多くの農民のみなさんが営農の将来を、先行きを見通せなくなっている。失望し始めている。絶望し始めている。そういう状況をひっくり返していく闘いをやるのは三里塚しかないと私は思っています。

 農民の闘いとして反対同盟を先頭に、こういうアベ政治の流れを農業という観点から撃ち返していく。そのことをやるには、我々はどれだけ踏んばらなければならないか、そういうことを一人一人が考え、関西実行委員会とともに、なによりも三里塚反対同盟農民のみなさんとともに、この一年、踏ん張りぬいてはね返していく、沖縄の皆さんとともに闘う、そういうことをこの旗開きを通して決意していただきたい。このことを申し上げて、私からの訴えを終わっていきたいと思います。

 ありがとうございました。

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2018年2月 8日 (木)

関実旗開きでの若狭の原発を考える会からの挨拶

若狭の原発を考える会の木原です。こんにちは。

三里塚決戦勝利関西実行委員会2018年団結旗開き、おめでとうございます。

182450有余年の長きにわたって、農地を強奪する国策に抗して戦い続け、「闘魂益々盛んな」三里塚芝山・連合空港反対同盟の皆さんと関西実行委員会の皆さんに心よりの連帯の挨拶をさせていただきます。

 

原発は、事故の多さ、事故被害の深刻さ、使用済み燃料の処理や保管の困難さなど、あらゆる視点から、人類の手に負える装置ではありません。

福島原発事故から 7年近くになりますが、現在でも事故炉内部の様子はほとんど分からず、汚染水は垂れ流され続けています。

この事故で避難された10 数万の多くは今でも故郷を奪われたままです。長期の避難生活が健康をむしばみ、家族の絆を奪い、大きな精神的負担となっています。多くの方々が、避難生活の苦痛で病死され、自ら命を絶たれました。癌の苦しみ、発癌の不安にさいなまれています。そのような中でも、政府は、避難された人々に、除染が進んだとするには程遠く、高放射線でインフラも整備されていない故郷への帰還を強要しています。

一方、福島事故以降の経験によって、原発は無くても何の支障もないことが実証されました。したがって、原発を運転する必要性は全く見出だせません。不要な原発を稼働させて、事故のリスクに怯える必要は全くないのです。

そのため、最近のほとんどの世論調査でも、原発反対は賛成の2倍以上となっています。脱原発、反原発が多数の願いであり、民意であることを示しています。

それでも、電力会社や政府は、原子力規制委員長までもが「安全を保証するものではない」と言う新規制基準に適合したことを拠り所にし、また、原発に「絶対的安全性を求めるべきではない」と主張して、原発の再稼働をたくらんでいます。

若狭の原発について、関電は、昨年、高浜原発34号機を再稼働させ、来る3月、5月の大飯原発34号機の再稼働を企てるのみならず、40年超え老朽原発・高浜12号機、美浜3号機の再稼動をも画策し、「原発銀座・若狭」の復活を狙っています。

 

1824_2一方、安倍政権は、2030年までに、いわゆるベースロード電源として、原発電力を2022%にまで、増加させようとしています。

それは、使用済み核燃料や事故による損失を度外視すれば、安上がりな原発電力によって、電力会社や大企業を儲けさせるためであり、②原発輸出によって、原発産業に暴利を与えるためであり、③戦争になり、石油や天然ガスの輸入が途絶えたときの、基盤電源を原発で確保するためであり、また、④核兵器の原料プルトニウムを生産するためです。すなわち、原発の再稼働は「巨大資本に奉仕する国造り、戦争出来る国造り」の一環として行われているのです。許してはなりません。

しかも、原発の再稼動を進める電力会社は、傲慢で、事故だらけで、たるみ切り、トラブル続きの企業です。また、再稼働にお墨付きを与える・原子力規制員会は、例えば、専門家の指摘を無視して、地震動の過小評価を行うなど無責任極まりない審査を行っています。昨近話題のデータねつ造にも通じるものです。再稼働が進めば、重大事故を起こす可能性は大です。

ところで、大企業や大組織のトラブルの急増は、電力会社に限ったものではありません。最近では、東芝の放漫経営、神戸製鋼や三菱マテリアルズのデータ改ざん、日産やスバルの不正検査、在日米軍機や自衛隊機の相次ぐ墜落・部品落下、JR新幹線台車の亀裂など、枚挙のいとまがありません。

金儲けにのみに突っ走る、日本資本主義の倫理や技術は崩壊し、地に落ちていることを物語っています。自民党政権が、半世紀以上にわたって続けた人間性無視の政策、すなわち、極端な合理化、派遣労働、非正規雇用の助長、過剰な科学技術依存、後先考えぬ教育破壊、労働組合破壊、農業破壊、社会構造破壊の付けが回ってきたのです。

 

こんな社会は、一日も早く変革しなければなりません。

私たち若狭の原発を考える会は、変革への突破口を原発全廃運動に見出そうと考えています。

原発重大事故は、職場を奪い、農地を奪い、漁場を奪い、生活の基盤を奪い去ります。したがって、原発全廃の運動は、市民運動の枠を超えて、労働者、農民、漁民、学生など、多くの階層の連帯した運動として闘われなければならないし、そのような闘いに発展する可能性を包含(ほうがん)していると考えるからです。

私たちは、反原発運動を通して、科学技術に過剰に依存する社会、経済的付加価値の追求に明け暮れ、金のために、人の命と尊厳を犠牲にする社会と決別し、人が人間らしく生きて行ける、新しい社会を展望しようと考えています。

そのために、作物、生き物の生育という、自然の営みを基調とし、大地と水と空気と光の恵みの上に、成り立つ農業は、欠かすことのできない、人々の多くが関わらなければならない、重要な産業です。農業は、人間本来の生き方を学び、人間らしい感性を身に着けるための、学校でもあります。その農業が、今、国策によって、破壊されています。

一方、国策で推進された原発が、重大事故を起こせば、大地、水、空気を汚染し、極めて広範な地域の、農業を根底から破壊することは、福島事故が大きな犠牲の上に教えています。私は、昨年、2回三里塚を訪れさせていただきました。その時、あのフカフカした畑、豊かな農地を見ながら、この大地を放射性物質で汚染させてはならないという決意をますます強くしました。

 2252603_2農地を守り、農業を復権させることは、人が人間らしく生きる知恵を、自然に求めることであります。また、人の命と尊厳を踏みにじる、原発と決別することは、経済的利益のみを追求する、資本主義からの人間性の解放であります。 

市東(しとう)さんの農地を守り、第三滑走路計画を粉砕し、全ての原発の廃炉を闘いとり、反動安倍政権を震え上がらせ、安倍政権を打倒する、圧倒的な大衆運動の高揚を、共に闘いとりましょう。

 

最後に、私たちの属する「大飯原発うごかすな!実行委員会」は、今月25日、26日に20数グループに分かれて、若狭湾沿岸地域の隅から隅まで「大飯原発再稼動阻止」を訴えながら歩き、チラシを各戸配布する通称拡大アメーバデモを企画しています。全国からの総結集をお願いします。

 有難うございました。

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2018年2月 7日 (水)

2018年関西実行委員会 旗開きが行われる

 1824_2 会場の都合で、今年の三里塚関西実行委員会の「2018年団結旗開き」が、例年になく遅く24日、恒例の阪急六甲の神戸学生青年センターホールで、60人の結集で開かれ、関西実行委員会事務局の安藤眞一が司会、進行をしました。

 マスコミの動きや、1824_4裁判の状況、そして第3滑走路をめぐる動きなどから、三里塚現地が重大な「決戦」ともいえる局面に入っていることが感じられ、第一部として、そうした情勢を様々な人々の挨拶を通して確認をし、第二部「旗開き」をしようということになりました。

 

 主催者を代表しての開会の挨拶は、教会の用事で永井代表が遅れるため、昨年の旗開きに続いて山本善偉世話人がされました。春に引越しされ、夏明けに体調を崩され、しかもつい先日、もっとも親しかった80年以上の友人である義弟の稲浦さんを亡くされた直後だけに周りは心配しました。しかし、7日前に『獄友』集会に参加され、石川一雄さんにお会いされて元気そのもの。1824_5簡潔でしたが「みなさんがんばりましょう」と呼びかけられました。途中で退座されることも検討させていただいていたのですが、なんと、最後までどころか、終わっての交流会にも参加され、お元気さを示されました。その先生の三里塚と闘いへの想いが、全体にも伝わり、緊張感のある第一部が最後まで行われました。

1824_6 三里塚反対同盟を代表して、萩原富夫さんが参加いただき、反対同盟の『闘争宣言』(18日、反対同盟旗開きで発表)を読まれながら、市東さんの農地を守る闘いと、空港拡張・第3滑走路問題と騒音などの規制緩和の理不尽な攻撃がいよいよ具体的になってきたことを訴えました。

 1824_7昨年夏の三里塚現地調査をし、10・8全国集会に会として初めて参加した若狭の原発を考える会から代表の木原壯林さんをはじめ、橋田さん、木戸さん3人が参加し、代表して木原さんが挨拶をされました(全文、明日のブログに公開)。原発反対、再稼働反対の意義を明らかにされた上で、第一次産業としての農業を軽視し、切り捨てるアベ政治の流れを批判された。

 1824_8関西生コンの西山直洋さんは、安倍政権との闘いとして、とりわけ、連帯ユニオン、関西生コンへの最近の極右翼、在特会など排外主義者たちが関西で関西生コンに敵対し、その労働組合としてのたたかいをつぶそうとしていることが報告されるとともに、こうした右翼の跳梁をゆるさず、私たちの三里塚、沖縄の闘いを進めていこうと訴えられた。

 1824_9ここで、歌手の川口真由美さんが登場。昨年の2・12『国策とたたかう 農民をまもろう アベ政治を許さない』集会以来です(ご本人は、沖縄意見広告の中で昨年初めて三里塚を訪れ、今年の4・1三里塚全国集会に参加されます)。突然のお願いでしたが、3曲を歌いながらさわやかなメッセージを語られ、集会を大いに盛り上げました。

 1824_10つづいて「市東さんの農地取り上げに反対する会」の小川正治さんから、市東さんの農地をめぐる厳しい状況について呼びかけが行われました。同時に、農地裁判を実質的に支えている運動として、実際に「請求異議裁判」の重大性と決戦性に見合った財政の困難さを訴え、通常の「会員」への新たな参加とともに、この日の席でのカンパの要請がされました。

 1824_11連帯挨拶の最後に、部落解放同盟全国連合会の池本秀美さんから狭山闘争の現状と、414日、15日に開かれる全国大会への参加を訴えた上で、『狭山事件 新聞に広告を出そう』意見広告運動への結集(賛同)が訴えられました。みなさん。協力し、今年こそ再審開始、狭山の年にしようではありませんか。

 1824_12第一部の最後に、関西実行委員会事務局からの訴えが事務局を代表して、松原康彦から行いました(全文を、後日、当ブログに公開)。この日の夜結果が判明するとはいえ沖縄の名護市長選挙に見られる安倍政権の許しがたい介入、支配を触れた上で、その同じ安倍政権がむき出しに三里塚に襲いかかろうとしていることへの注目と関心を訴えた。2・19耕作権裁判、3・8請求異議裁判をはじめ一つ一つの裁判への注目。そして、3・4芝山町現地闘争、なによりも4・1成田市での三里塚全国集会(成田市栗山公園)への結集を訴えた。農民・住民へのこれ以上の暮らしの破壊が許されるか! 「機能強化」などとんでもない!

 この日、京都でXバンドレーダー・米軍基地と闘う京都・関西連絡会の旗開きがあり、若狭の原発を考える会のみなさん、西山さん、川口さんはそちらに向かわるために第一部の段階で退席された。

 

1824_15 1824_14休憩、準備の時間をはさんで、いよいよ第二部が始まった。恒例により山本世話人が再登場し、乾杯の音頭。しばらく歓談した後、関西合同労組の石田委員長、被災地雇用と生活要求者組合の山田さんの挨拶で始まった。精神障碍者への攻撃を訴える高見さん、闘いの中で障害者として差別され苦労した大島さんの体験談、1824_162・25、26の拡大アメーバデモを訴えカンパ要請をした仰木さん、沖縄辺野古の闘いの中から三里塚現地に行くつもりだと平石さん、恒例の歌と漫談、梶原さん。などなど。おおとりは、守田さんなどによる歌1824_17
(体調不良などで参加できなかった「風・ほうき星」に代わって)。

 遅れてこられた永井満代表世話人からまとめの挨拶をいただいた後、恒例により全体が円座になって肩を組み、反対同盟歌「大地を打てば響きあり」、1824_18讃美歌380番、そしてインターナショナルを歌って、闘いを確認して散会しました。

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