2019年1月23日 (水)

関西実行委、2019年団結旗開き、開かれる

 去る1月20日、三里塚関西実行委員会の「団結旗開き」が、三里塚から萩原富夫さんを迎えて、50人の参加で、事務局の安藤の司会で開かれました。
 19120初めて尼崎・伊丹実行委の弥永さんが集会の主催者挨拶をして、始まりました。19120_2

 反対同盟を代表して萩原さんが、1月13日反対同盟旗開きに出された『闘争宣言』を読みながら、解説を加えての挨拶をされました。

 連帯の挨拶として、部落開放同盟全国連合会から、瀧岡さん。19120_3若狭の原発を考える会から木原さんがそれぞれ挨拶をいただきました。瀧岡さんは、狭山闘争が再審を勝ち取れるかどうか重要な局面に入ったことを訴えられた。木原さんは、老朽原発の再稼動を絶対に許してはならないと、3・24高浜現地、5・19関電本店それぞれでの全国集会を訴えられた。

19120_5 ここで関実事務局を代表して松原から「提起」が行われた(後日掲載)。

 19120_6永井関実代表世話人が、簡単な挨拶の後、乾杯の音頭。

 この後、しばらく歓談の時をもった上で、被災地雇用と生活要求者組合の19120_7長谷川代表を皮切りに皆さんからの年頭の決意や訴え、そして梶原さん、若狭の橋田さんなどから「隠し芸」「歌」が次々と披露され、にぎやかな旗開きが今年もできました。
 19120_8風をおこす女の会のみなさんと萩原さんが踊る一幕も。

 今年は、永井代表が中座して帰られたため、恒例の「賛美歌」はなく(ほっ!)、最後に皆さんが円座になって、反対同盟歌「大地に撃てば響きあり」と「インターナショナル」の合唱で無事に旗開きを終えました。

 大口弁護士を招いての2・25「三里塚農地裁判は、いま」学習会を成功させ、3月31日、成田市赤坂公園で開かれる三里塚全国総決起集会に集まろう!19120_9


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2019年1月14日 (月)

三里塚反対同盟旗開き (1月13日)

 昨日、1月13日(日)、三里塚芝山連合空港反対同盟の『2019年新春団結旗開き』が、午前中の東峰部落現地での集会・デモをやりぬいて、午後1時から、成田市内で開かれました。集会は、多くの人々の発言に、冒頭に昨年12月20日強行された「請求意義裁判」判決への怒りの弾劾と、これを跳ね返して安倍を倒す先頭に立つ中から三里塚闘争の勝利を呼びかける声で充満しました。

 19113冒頭、反対同盟の萩原富夫さんから、年頭に当たり反対同盟より出された『闘争宣言』(「19.1.13PDF三里塚闘争宣言.pdf」をダウンロードが読み上げられ、その上で当面の闘いとして重要な闘いとそのための400万円カンパの要請があった。そして農を守る先頭に三里塚が立つことをやっていくための、三里塚の農業への支援、援農、現地調査が訴えられた。最後に第3滑走路計画の理不尽さを糾弾された。

 19113_3続いて市東孝雄さんがたたれて、挨拶をされた上で、乾杯の音頭をとられました。
 市東さんは、「農地は私の命です」と訴えられて、12・20判決がいかなる事態を生もうが、天神峰にとどまり闘いぬく決意を明らかにされ、お父さんが亡くなられてから20年を経たことにふれながら「(親爺のモットーであった)老いて闘魂ますます盛んなり」を自らの想いとして闘いぬいていくことを明らか印して満場の拍手を受けて、乾杯の音頭をとられました。

19113_4 その後、しばらく歓談が行われたああと、恒例にしたがって、動労千葉の田中委員長、三里塚関西実行委員会からは松原、そして市東さんの農地取り上げに反対する会の皆さんからの挨拶などが続きました。
 そして、支援の市民団体や党派の皆さんからそれぞれ年頭の決意が語られて、2時間あまりの盛り上がった『旗開き』を終えました。

 

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2018年12月21日 (金)

卑劣、不当な判決を弾劾する!(請求異議裁判)

 卑劣、不当な判決を弾劾する!

 昨日、千葉地裁で市東孝雄さんの農地にかかる請求異議裁判(元の裁判は農地法裁判)の判決が行われた。
 内容を云々する気にもならない卑劣、不当な判決だ。(判決要旨「18.12.20判決文要旨.pdf」をダウンロード 判決全文は三里塚反対同盟ブログにありますhttp://www.sanrizuka-doumei.jp/home02/index.html
 181220高瀬裁判長は、確定判決の東京高裁結審直後に行われた、1971年9月の小泉よねさんへの家屋と農地強奪を「過酷執行」とする小泉英政さんへの成田空港会社の謝罪と和解を認識したから、2年前にこの請求異議裁判の開始を認めたのではなかったのか! それゆえに、加瀬勉さんや小泉英政さんの証言を認めたのではなかったのか! 
 こうした請求異議裁判の経過を一切無視し、でたらめ極まりない文言に終始した「判決要旨」でしかない。怒りを込め、この判決強行を弾劾する!(右写真は、裁判後の報告会で挨拶する市東さん) 
 そもそも、成田空港会社の代理人が一人も法廷に姿を見せなかったことの中に、この判決が、安倍政権の意向、そしてそれを代弁する成田空港会社の意向を忖度したものでしかないことを物語っている。高瀬自身、裁判の進行協議の中で「私は小役人ですから」と自らを語ったと弁護団が報告していたが、そんな「捨て台詞」が司法の立場に立つ裁判長として成り立つと思うのか!断じて許されない!
 私たちは、怒りをもって直ちに控訴した市東さんを支持し、ともにその農地を守るために最後まで闘うことを決意する。

 同時に、強制執行を高裁の控訴審まで、行うことのないよう市東さん、弁護団が要請したことについて、今日、千葉地裁と弁護団の間で協議が行われることになったが、千葉地裁がそれを直ちに認めるよう私たちは求める。

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2018年11月20日 (火)

耕作権裁判を傍聴 (11月19日)

裁判所の異様な過剰警備

  1119日、千葉地裁民事第2部・内田博久裁判長により耕作権裁判の第39回目の口頭弁論が開かれ、関西から2名の仲間と共に傍聴闘争に参加しました。

181119この日は午前9時から千葉中央公園で決起集会が開かれ、関実を代表して安藤が挨拶。特に山本善偉世話人の偲ぶ会(113日開催)にご出席いただいた市東さん萩原さんら参加者全員で故山本世話人の遺志を受け継ぐ決意を固めたことを報告。反対同盟の呼びかけている「千葉地裁への要望書提出」を偲ぶ会参加者の皆さんに記入していただき、「強制収用するな」の思いを込めたことをアピールしました。

反対同盟の萩原富夫さんは「今日裁判所に強制収用するな、との要望書を提出して、耕作権裁判でNAAの不法を追及し、1220日の請求異議裁判の判決で勝利しましょう」と訴えられました。

集会のあと裁判所までデモ行進が行われ、裁判所正面で二列になって「人間の鎖」をつくり、抗議のシュプレヒコールを行い、市東さん、萩原さんが中心となって1000筆をこえる「要望書」を裁判所に提出。

181119_2裁判所入口に入っていつもより大勢の職員が不当な検問にあたっていることに驚きました。いつもの倍以上30名ぐらい配備されていたと思われます。裁判の開廷冒頭に大口弁護士が裁判長に対し「あなたは今朝の異様な警備体制を知っているのか」と問いただしたところ裁判長は「知りません」と答えたので「裁判所は公平な裁判をするのではないのか、今日に限って異常な不公平な警備をするとは何事か。威圧することは許されない」と怒りをぶっつけ、傍聴席からも怒号と拍手が沸き起こりました。内田裁判長は「所長に伝えます」と弱々しく語り、この日の裁判が始まりました。

 

新たな「文書提出命令」申し立て

裁判所が命令しても「文書開示」を炭ぬりでごまかす原告NAAに対し、弁護団は新たな文書提出命令を申し立てました。各弁護士より「真実がバレるから出さないのだろう」「30年前の文書なのに提出を拒否する理由はないはずだ」と厳しく追及。一部の文書がやっと開示されたものの「300万円を支払った」と核心点でない内容が開示されただけです。当時の用地買収交渉や農地を確定したやりとりなど、市東さんの農地取り上げで、土地の位置が確定できていない、立ち合いも行われていない、市東東市さんの書類を偽造している(署名も印鑑も)など重大な問題がはいっている文書は炭ぬりのままです。弁護団は、この隠ぺい体質を打破しようと新たな文書提出命令を出しました。これに対し、裁判長は裁判官の裁量で隠している文書を調べる「インカメラ」審理の導入を検討し1210日までに回答することを明らかにしました。

 

弁護団が新たな立証ブラン

 不都合な文書を隠し続ける原告NAAとこれを擁護する姿勢の裁判所に対し、弁護団は新たな「立証ブラン」を提出し、これからの訴訟を勝利的に導こうとしています。以前の立証プランは13項目でしたが、これに加えて追加項目をいれ、各項目ごとの担当者(学者、専門家)も明らかにしたい、と説明がされました。裁判長は意外にも、この提案を受け次回弁論までに担当者名を明らかにしてほしい、と弁護団に依頼していました。次回弁論は218日 次々回は513日を決めて閉廷しました。

 

萩原さんが強制収用を許さないと

181119_3裁判の後で開かれた「報告会」は少し離れた千葉美術館で行われ、冒頭に市東孝雄さんから「今日はお疲れさまでした、1220日向かって共に勝ち抜きましょう」と短い決意表明がありました。続いて葉山弁護士が1ページが真っ黒に炭ぬりされた「開示文書」を見せながら、新たな文書提出命令で追及することを強調。そして今日の異常な警備は1220日の判決日に向けた「予行演習」ではないか、と指摘。遠藤弁護士からも「良い判決は出ない」ことを念頭にして闘おう、との呼びかけがありました。  このような発言を受けて、萩原さんが「126日、13日に裁判所への要望書提出活動を行い、耕作権裁判の盛り上がりで強制収用させない闘いを続けましょう」との決意を表明されました。関西実行委員会も、年末年始の闘いに取り組み市東さんの農地を守りぬきましょう。

                      事務局  安藤眞一

 

 

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2018年11月 5日 (月)

「山本善偉さんを偲ぶ会」に参加して

Img_4309山本善偉さんの偲ぶ会に、家族友人たち約100人が六甲学生青年センターに集いました。本当に多くの人たちの善偉さんとの交流と思い出話しを聞いてあらためて、善偉さんの素晴らしい生き方人々の交流に心打たれました。教え子には財界人もおり、様々な偲ぶ会が開かれているが、この会こそ善偉さんの本当の思いに寄り添うものだ(実際は、「最左派」との言葉ですが)との指摘があった。 

善偉さんは、1943年の学徒出陣壮行会の答辞で、「命を賭けて敵米英を撃滅する」と檄を飛ばし、新兵訓練の教師として、多くの若者を戦地に送った。戦後母校で教鞭とるも、アメリカ留学で、フィリピン女学生から、牧師の父親が民兵を匿ったために目の前で日本軍に殺された話しを聞かされ、辛うじてアイムソーリーとしか言えなかった体験が、後々反戦反基地反差別の闘いを97才に亡くなるまで貫いた原点と言っていた。

Img_4310遺族を代表した息子さんが、新しい世界観や考え方に非常に柔軟に受け入れる人だといわれた。客観的情勢や世の中の動向が大きく変化するとき、真っ白な気持ちで向き合い、これまでの自らの考え方や世界観にいつまでも固執せず、これまでの有様を痛苦に反省し自己変革と格闘する勇気と必死の努力をされたのだろうと思います。私はそのことの大切さを善偉さんから教えられました。本当に戦争と戦後の歴史を背負って生き抜き闘い抜いた人だと思いました。学徒出陣の送辞答辞を述べた2人ともが、Img_4311戦争を否定し、平和と人権を守る闘いを貫く生き方をした事実の重さを、痛感します。安倍の破綻はこの点で必然です。素晴らしい偲ぶ会でした。沖縄から安次富さん、金さん、三里塚から市東さん、萩原さん、山口さん、反原発の木原さん、部落解放同盟全国連はじめ様々な方々が素晴らしい発言をされました。

というか善偉さんの人徳だと思います。松原さん。みなさん。大変お疲れ様でした。
               関西合同労働組合  石田勝啓

 

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2018年10月18日 (木)

10・14三里塚全国集会報告

 1014日、時折小雨の降る三里塚現地に680名が結集して全国集会が開催されました。前半の司会と開会あいさつは北原健一さん。77年に初めて三里塚の土を踏んだ私の記憶では、全国集会で健一さんが司会をしたのは初めてではないでしょうか?

 頼もしい建一さん

どんな発言になるのかと聞いていますと、とても初めての司会とは思えない流暢な語り口で、開会あいさつどころか基調報告と聞き間違える程現在の情勢を全面展開。そのすぐ後に基調報告に立った萩原富夫さんが苦笑いする程の内容でした。その後も発言者を紹介するだけの場面でも健一さんは時間を気にせず発言を続け、反対同盟の伊藤さんからストップをかけられ、会場からも笑い声が出ていました。

 しかしこれらは父である故北原鉱治事務局長の遺志を引き継ぎ反対同盟を牽引するんだという健一さんの強い決意の表れであると感じ本当に頼もしく思いました。

 請求異議裁判の勝利を

 さて(本当の!)基調報告で萩原さんは冒頭、今年82日に亡くなった我が関西実の山本善偉世話人を「(亡くなる)直前(721日)に訪問した時はお元気だったのに・・・本当に残念でなりません」と追悼の言葉を述べました。

 そして本題に入り、まず2年間に渡って闘われた請求異議裁判の1220日判決公判に向って、各裁判や署名、要請書提出行動など「強制収用ゆるすな!」の闘いを全力で取組むことが訴えられました。そして第三滑走路建設のための用地買収や飛行時間延長など住民無視の空港機能強化策動を粉砕すること、そして沖縄、福島と連帯して改憲阻止、安倍政権打倒へ共に闘うことなどが明らかにされました。

 そして最後に歌手の川口真由美さんの「ケサラ」を独唱して終わりましたが三里塚の基調報告で歌を聴くのは初めてかなあ?

 山本世話人追悼の発言続く

 動労千葉に続いて連帯のあいさつに立った関西実の松原さんも「皆さんの発言とは少し方向が違うかも知れませんが・・」と断ってから山本世話人の、亡くなる10日ほど前からの身体の変化について詳しく説明しました。

「ここまで自分の意思で・・これから先は御神の御心にまかす」これが山本世話人が最後に書き残した言葉だったとのこと、本当に澄みきった人生ではなかったでしょうか。会場も雑談らしいものも無く、静かに松原さんの話に聞き入っていました。きっと山本世話人の人生に感銘を受けた参加者も多数いたことでしょう。

 後で登壇した部落解放同盟全国連の滝岡さんも「荒本支部が不当な攻撃にさらされていた時、山本先生が共に闘ってくれました」と語り、狭山闘争でも兵庫の地で先頭で闘い続けた故人を偲びました。

 続いて今国家権力(各県警、府警)から不当極まる大弾圧を受けている全日建連帯労組関西生コン支部からのメッセージが紹介されました。組合への加入勧誘が脅迫罪、スト突入通知が威力業務妨害とでっち上げられ、20名が不当逮捕されるという絶対に許せない事態です。この労組破壊攻撃と全力で闘い続ける関西生コン支部を孤立させてはなりません。私たちも全力で支援の輪を拡げていきましょう。

農地は命

 当該の市東孝雄さんは「(裁判としては異例の請求異議裁判が)2年間も闘えたというのは正義性の表れです」と語り、2013年の千葉地裁多見谷判決の「18千万円やるから農業をやめろ」というような判決を再び出させてはならないと訴えました。そして「農地を取られることは命を取られること、反対同盟の存在を知らしめる闘いを」と結びました。

まさに市東さんの農地を守る闘いはこれからの日本の農業(家族農業)の行く末を決めると言っても過言ではありません。反対同盟と共に全力で闘い続けましょう。

 その後弁護団、市東さんの農地取上げに反対する会、全国農民会議そして福島からの発言の後、沖縄の市東さんの農地を守る会の川野名護市議が、辺野古移設反対を第一に掲げた玉城デニー氏が知事選に勝利したが「勝利の余韻に浸っている暇はない。辺野古の闘いは本当に厳しい」と本土からのさらなる結集、支援を訴えました。

 司会が木内敦子さんに替わり最初に「三里塚闘争と連帯して原発全廃を闘い取ります」という若狭の原発を考える会のメッセージが紹介されました。その後住民団体、共闘団体からの発言、太郎良陽一さんの決戦本部からの訴えが続き、これまでより30分早い1430分に集会を終え、デモに出発しました。

山本世話人の魂と共に

 今回の全国集会は1220日に迫った請求異議裁判の判決に向った重要な闘いであったことは当然ですが、山本世話人の追悼集会と感じたのは私一人ではなかったと思います。

これからも山本世話人の魂と共に・・・

                          尼・伊実行委 弥永

(管理人より・なぜか写真が「容量オーバー」を理由に入りません。容量を小さくしてもそうなので、なにかのシステム上の不具合でしょうか)

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2018年9月28日 (金)

請求異議審・最終弁論が行われた

18927 昨日、千葉地裁で、市東さんの農地をめぐる請求異議裁判の最終弁論が行われた。事実をねじ曲げ、嘘で固めた多見谷判決を踏襲しただけの東京高裁決定、そして最高裁決定が許せるわけがない。

 その最高裁決定に「異議あり」と、請求異議裁判が2年あまりにわたって闘いぬかれてきた。原告・市東さん側の弁護団による弁論、そして証人4人による証言、そして石原健二、内藤光博両補佐人による農業、憲法それぞれの専門家として意見など、すごいとしか言いようのない毎回の法廷だった。被告・空港会社は、何一つ反論らしいものもすることができず、ただただ裁判所にすがるという姿勢を取り続けた。

 18927_2この日の法廷は、市東孝雄さんの最終意見陳述(後掲)にはじまり、石原、内藤両補佐人の意見、そして12ポイント程度の通常の裁判所への書類には見られない小さな字がびっしりの230頁に及ぶ最終弁論の要約が弁護団から3時間近く述べられた。それは50年に及ぶ三里塚の闘いを語り、現在の国による拡張・第3滑走路計画をも批判するすごい内容だった。

 亡くなられた北原鉱治事務局長が、「三里塚はいつも、裁判には勝つが、判決で撒ける」とよく言われていたのを思い出す。さて、今度は?

 18927_3しかし、報告会で最初に挨拶に立った市東さんが、「どんな結果になろうが、私は闘う、頑張りましょう」と檄をとばされた。頑張ろう!

 判決の法廷は、12月20日(木)午後2時、千葉地裁601号法廷です。この日も正午に近くの公園に集まって集会とデモ、そして傍聴券の確保のために並ぶことになると思います。お集まりください!

 

請求異議審 最終弁論 市東孝雄さんの最終意見陳述 

 この裁判の最後に、私の今の気持ちと、天神峰であくまでも農業を続ける決意を述べたいと思います。

1)農地は私の命です

  18927_4私はこれまで自分の仕事に誇りを持って生きてきました。今も、試行錯誤しながら有機野菜のための土壌を作っています。私の農業は農薬や化学肥料を一切使わず、露地栽培ですから、気象の変動と毎日の天気を見ながら、雑草と格闘して野菜を作っています。野菜づくりの方法に完成はなく、日々の工夫と努力の積み重ねによるしかありません。
 
天神峰と南台の農地は、そうしてできた私にとって命です。
 そこで育つ野菜を、本物だと認めてやってくる消費者家族がいます。私たちと消費者が、生産と食を相互に保障し合う、提携関係が結ばれています。これは信頼できる有機の土壌があってこそ、できる関係です。この消費者との〝顔の見える〟関係も、かんたんにできることではありません。

  空港会社は、私の農地を只の土地だと思っています。農業なんてどこでもやれると見下しています。農業よりも空港の方が社会に役立つと決め込んで、空港のために農地を差し出せ、カネを積むから出て行けという態度です。
 
だが、それは全くの間違いです。
 
農地は只の土地ではありません。農地は生きています。人が試行錯誤を重ねて、その人の農業のための土壌として、作り上げるものなのです。私の畑は、私の有機農業を実現するために、長い年月をかけて作った農地です。他にはない、かけがえのない農地なのです。
 
また、言うまでもなく、安全な食料を十分に満たすための農業は、社会にとって絶対に欠くことができません。農業はまさに、命をつなぐ〝生命産業〟です。これ以上の公共性があるでしょうか。しかも誘導路は国が安全性を認めて認可し、なんの支障もなく使われており、空港会社が畑をつぶす理由はないのです。
 私の野菜作りは、大正時代から百年間耕し、有機の土壌として作り上げた、天神峰と南台の、あの畑でしかできません。それが人々の健康と命をつないでいます。あの畑は私の人生であり、私の生き甲斐です。

  空港会社は、私が農業をやめると決め込んで、離作補償を示し、同じような農家収入の百五十年分の補償だから、百姓をやめて出て行けという態度です。そして裁判では、まともに反論せず、「強制手段の放棄」の事実をねじ曲げて空港会社を勝たせた多見谷判決と同様に、裁判所に任せておけば大丈夫だという態度を続けてきました。
 これは私の精一杯の訴えと法廷そのものを侮辱するものです。私は憤りを抑えることができません。

2)よねさんへの代執行とどこが違うのか!

  空港会社が取り上げようとしているのは、不利益を受けて解放されなかった小作地です。しかし、この畑もまた農地法で守られていました。うちは地代を欠かさず支払ってきたし、地主も信義を守ってきたと思います。
 
これを変えたのは空港公団です。父東市に秘密で売買し、地代を騙し取ってきました。あげくに空港会社が地主だと名乗り出て、私を「不法耕作」呼ばわりして、出て行けという。出て行かないなら機動隊の暴力で、取り上げるというのです。
 
私の農地の七割以上が、畑で育つ野菜と一緒につぶされます。祖父の代からの汗と涙、これまでの私の努力が重機の下に押しつぶされ、二度と野菜はできません。思っただけで、悔しくて涙がでます。
 
私に対するこの強制執行と、よねさんに対する代執行との、どこが違うというのでしょうか。
 
私は今、高瀬裁判長が下す判決いかんで、四十七年前の小泉よねさんと同じ地点に立たされようとしています。
 「もう二度と繰り返さない」「用地問題は話し合いで解決する」「強制手段は放棄する」と言って謝罪し、世間に公約した以上、私に対する強制執行は絶対に許されません。

3)〝権利濫用〟を訴えた証言と補佐人陳述

  小泉英政。加瀬勉、萩原富夫さんの証言は、大きな力になりました。
 
農地法を無視して秘密裏に買収して明け渡せというのは、まさに証言のとおり、「よねさんから強奪した手法を踏襲」するものです。
 
反対同盟が東峰に作ったよねさんの家は「借り物だった」という証言がありました。「苦労して、汗を流して頑張って、蓄積してこそ誇りと自信が生まれるし、人間は絶望しないで生きられる」という証言は、私の今の気持ちそのものです。
 私に対する強制執行は、「産直の会」を存続できなくさせ、共同生産者と約四百軒の消費者家族の暮らしを台無しにします。

  食糧自給の考えを失った農政によって、全国の農家が廃業に追い込まれています。石原健二補佐人は、「小規模農家の複合経営こそ日本の農業の基本」だと話し、私たちの農業を「いま時代が求める最先端の営農形態であって、つぶしてはならない」と訴えました。
 
そして内藤光博補佐人は、「人間の生活基盤と生きる意欲を奪い取る強制執行は、その人の人生の否定であり、尊厳を侵すから認められない」と話しました。そして、私に対する強制執行が権利濫用の特徴にすべて当てはまることを、一つひとつ確認しました。空港会社は何も答えられずにいます。
 私は自分の農業は間違ていなかったし、私がこの裁判で闘ってきたことは、私だけでなく、東峰地区や近隣住民、そして農業つぶしの農政の中で頑張る農家のためにもなることだと強く感じています。

4)「強制執行は認めない」との判決を求めます

 「私に対する強制執行は、営農の基盤を取り上げ、生きる希望をつぶしてしまう過酷執行である」
「強制執行放棄の公約を破るものであり、空港会社による権利濫用である」
「社会の正義に反するから、強制執行は許されない」
――二年間に及ぶ弁論と法廷証言、補佐人陳述は、これらのことを明らかにしたと、私は信じています。

 私はあくまで天神峰と南台で私の畑を耕し、絶対に動かない。

 農地を取り上げる強制執行は、私にとって死刑と同じです。この裁判は、私にとって命がけの闘いです。高瀬裁判長が、会社を勝たせるために事実をねじまげた多見谷判決と同様の、不正義に走ることは絶対に許されません。

 「農地取り上げの強制執行は認めない」との判決を強く求めます。

 

  

 

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2018年9月 4日 (火)

耕作権裁判を傍聴して (9月3日)

裁判長が双方に「争点の土地図面」の作成を提案

 

視覚障がい者から探知機撤去の要求

 93日、千葉地裁民事第2部・内田博久裁判長により「耕作権裁判」の第38回目の口頭弁論が開かれました。この日は午前9時から葭川(よしかわ)公園で決起集会が開かれ、1893関実を代表して安藤も挨拶。特に山本善偉世話人が逝去されたことを報告。「三里塚に思いを馳せ何度もかけつけて下さった山本先生の遺志を受け継ぐ」との追悼の言葉(抵抗の旗)を引用して、今日の耕作権裁判、927日の請求異議裁判に勝利することを訴えました。

反対同盟の萩原富夫さんは第三滑走路を阻止し、夜間飛行拡大を許さないために空港周辺の皆さんに絶対反対を呼びかけている報告をして、927請求異議裁判と1014全国闘争への結集を訴えられました。

集会のあと裁判所までデモ行進が行われ、物々しい入口検問に抗議の声をあげて通過。この時、障がい者グループが金属探知機検査のアーチが点字ブロックをふさいで設置されていることに抗議。法廷の開廷前に裁判長に対して人権侵害の暴挙を許さないぞ、と傍聴席一体となって抗議の声をあげました。これを受けて弁護団の大口弁護士が急遽内田裁判長に裁判所としての改善を早急にしなさい、と要求。裁判長は「施設長に伝えます」と渋々?回答しました。結集した皆さんは、この怒りをバネに不当な反動判決を許さない傍聴を続けました

 

文書提出命令を拒否するNAA

今回久しぶりに傍聴して「文書開示があるか」との期待を持ちましたが、NAAは裁判所の命令に従わず「文書はない」と逃げの一手です。各弁護士は「真実がバレるから出さないのだろう」「30年前の文書なのに提出を拒否する理由はないはずだ」と厳しく追及。傍聴席も「なぜ出さない」との大怒号。NAA代理人は、ひたすら下を向いて押し黙ったままでした。

この日の弁論では、最初に「そもそも市東孝雄さんの農地を農地法で取り上げようとすること自体違法だ」との主張が行われ「憲法29条(財産権の保障)に違反し、農地法5条(農地転用)にも違反し、NAAの土地収用内規38条にも違反している、だから土地の所有権移転は法的に違法であり市東孝雄さんの耕作権を取り上げることは出来ない」と法的な問題点を明らかにしました。

市東さんの農地取り上げの不正義は、土地の位置が確定できていない、立ち合いも行われていない、市東東市さんの書類を偽造している(署名も印鑑も)と重大な問題があり、加えて法律的にも違法な手続きが行われていることが暴露されました。

最期に大口弁護士から先日行われた請求異議裁判で小泉英征さんや加瀬勉さんが証言にたち、特に小泉さんから暴力的な強制執行でよねさんを追い出した非人道的な国の姿勢に言及。「あの公開シンポジウム後は強制収用の暴挙を詫びて、話し合いで解決することを国や空港公団は約束したはずだ。にもかかわらず、農地法を悪用して、話し合いを反故にして市東さんの農地を取り上げることは許せない」と声を大にして裁判長に訴えました。この火を吐くような弁論に傍聴席から盛大な拍手が鳴り響き、裁判官、NAAを圧倒しました。

今後の訴訟プランのン中で裁判長は「争点の土地確定のために共通の図面を作成したい」との提案があり、図面とトレース用紙が原告、被告双方に配られました。この図面が今後どのように影響してゆくのか、NAAの隠ぺい策動を粉砕することにつながれば、と期待しました。閉廷の時、時計を見ましたらなんと1220分、長時間でしたが集中力が途切れることなく、反対同盟、弁護団、傍聴席一体となって裁判所とNAAを押しまくった裁判だったと思います。次回は1119日、次々回は218日との期日を決めて閉廷。この後に弁護士会館で報告会が行われました(所要のため安藤は欠席)。

                       事務局  安藤眞

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2018年8月26日 (日)

高浜原発このまま廃炉!関西電力包囲全国集会で署名活動

 18825昨日、8月25日、猛暑の中「高浜原発このまま廃炉!関西電力包囲全国集会」が、福井現地、伊方、川内、東海などからも参加していただき、400名で集会、御堂筋デモをやりぬきました。

 関西電力は、高浜原発4号機の再々稼働(8月22日予定)を前にして、18825_219日、20日と連続して事故を起こし、再々稼働を延期せざるをえず、関西電力に原発を再稼働させる能力のないことを暴露し、同時に、最早廃炉しかないことも明らかにしました。

 異常ともいわれる真夏の猛暑の中で400人の結集は、前回の700人に匹敵する結集でした。

 三里塚関西実行委では、この集会に先立って、結集してくるみなさんに市東さんの農地問題、請求異議裁判を訴え、署名活動を行い、47筆の署名を得ました。

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2018年7月20日 (金)

7月17日の請求異議裁判を傍聴して

 

 717日、千葉地裁で市東孝雄さんの農地をめぐる最高裁決定(農地強奪)に対する請求異議の第8回裁判が開かれた。

 

 18717この日、専門家が裁判の法廷で専門家としての意見を述べる「補佐人」として、農業経済学者の石原健二さんと憲法学者の内藤光博さんが、それぞれ予定の1時間を上回る熱弁を繰り広げた。

 

 石原さんは、日本の戦後農業の現状を語る中から、農業基本法(1961年)前文から引用して本来農業がもつ意義と社会的位置が阻害されてきたことを明らかにした上で、詳細な農業指標と世界の動向から農業の社会的位置を明らかにした。その上で、18717_2市東さんと萩原さんが受け継ぎ進めている有機農業と産直提携の重要性を明らかにし、空港会社による農地強奪の強制執行が反社会的な権利の乱用であることを明らかにした。

 

 また、内藤さんは前々回の法廷での加瀬さん、小泉さんの証言、小泉よねさんへの強制執行(1971920日)を引用しつつ、市東さんの農地などに対する強制収用は、市東さんの誇りと生きる希望を奪う点で「二重の意味での過酷執行」であり生存権などを定めた憲法に違反すると断じた。同時に新たな憲法学的論点として「営農権」の確立を主張し、18717_3スイスや韓国の憲法学的現状を引用しながら、市東さんの営農権を奪うべきでないことを明らかにした。

 

 法廷では最後に、7人の弁護団全員が立って927日に予定されている最終弁論の骨格的な弁論を展開し、空港会社に自らの位置に立った反論があるなら早急にすべきであることを厳しく求めた。

 

 次回法廷は、時間などはまだ確定されていないが、927日(木)に開かれ、弁護団による最終弁論と本人・市東孝雄さんの意見陳述が行われる。

 

 早急にみなさんが、対応する態勢をとり、傍聴に駆け付けることを訴えます。高瀬裁判長に、不当な判決を許さないために全力で取り組みましょう。

 

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