2019年3月 5日 (火)

「三里塚農地裁判は、いま」学習会報告

市東孝雄さんの農地取り上げを阻止しよう

 関西生コンの闘う挨拶でスタート

19225去る225日、エル・大阪において午後6時半から「三里塚農地裁判は、いま」学習会PART-3を行いました。「請求異議棄却判決」を跳ね返し213日に東京高裁の「強制執行停止決定」を勝ち取った喜びをかみしめながら、私はこの日の学習会参加し司会をつとめました。会場が満員となるなか、最初に関西生コンの武洋一書記長から特別報告を受けました。警察権力の組合つぶしをはねのけ闘う決意に感動。「今まで当たり前の組合活動を続けてきて不当な弾圧はなかったが、安倍政権に代わって私たちの闘いが既存の経済システムを破壊することに恐怖して、関西生コンの大弾圧が始まっている。」との説明をして下さり、安倍政権の治安弾圧攻撃ともいえる組合つぶしと徹底的に闘う決意を述べられました。

続いて事務局の松原康彦さんから挨拶があり、来る310日の「関西生コンへの大弾圧を許さない310集会」への結集を訴え関西生コンとの連帯を確認しました。さらに、講師大口昭彦弁護士の紹介を行い、大口先生の講演が始まりました。

 

 関西出身の大口弁護士が熱弁

19225_2大口弁護士は関西出身で「大阪弁の講演」をしてくださり、裁判闘争のエピソードを紹介し、優しい語り口の中にも厳しい姿勢で司法権力に立ち向かう闘志を感じました。この日の講演レジュメは「成田闘争大阪集会 報告」となっており、大口先生の気迫を感じながら講演をお聞きしました。大口弁護士は「私たちが正しい主張をしても裁判所は期待はずれの判決を出す。しかしだからと言って追及の手を緩めてはならない」と述べられ、私が裁判の傍聴をした1119日の弁論冒頭で「あなたは今朝の異様な警備体制を知っているのか」と問いただしたところ裁判長は「知りません」と答えたので「裁判所は公平な裁判をするのではないのか、今日に限って異常な不公平な警備をするとは何事か。威圧することは許されない」と怒りをぶっつけた姿勢を思い出しました。

この日の講演会の内容は①訴訟の内容と経過、()異議訴訟制度について、()訴えの内容、()昨年1220日の判決と誤謬性について ②裁判の今後の展望、③三里塚闘争と訴訟、の項目に従って講演してくださいました。特に②裁判の今後の展望では、民事執法352項の誤って適用について徹底的に追及する決意を述べられました。(条文参照) 請求異議の訴え・・第三十五条 債務名義(第二十二条第二号又は第三号の二から第四号までに掲げる債務名義で確定前のものを除く。以下この項において同じ。)に係る請求権の存在又は内容について異議のある債務者は、その債務名義による強制執行の不許を求めるために、請求異議の訴えを提起することができる。裁判以外の債務名義の成立について異議のある債務者も、同様とする。2 確定判決についての異議の事由は、口頭弁論の終結後に生じたものに限る。』以上が法律の条文ですが、この法律に従って「請求異議裁判」がすすめられてきましたが、1220日千葉地裁高瀬裁判長は誤った解釈で「強制執行を認める」との不当判決を出しました。これに対し、反対同盟と弁護団は一体となって反撃し、東京高裁をして「申し立ての理由があると認め強制執行停止」の決定を勝ち取りました。画期的な粘り強い勝利です。

 

 空港周辺の皆さんと闘う

大口弁護士は今後の新たな裁判で、国や公団、NAAがかつて「強制執行はしない」と日本中に約束したことを追求し、さらに市東さんの農地が「農地解放手続きが徴兵からり帰還遅れによってできなかった」ことで小作地になっているが、本来は自作地であることも強く訴えてゆくことを説明してくださいました。また、今後の空港運用で深夜早朝便が増便されると騒音が激化することは明白であり、今でも厚木基地騒音訴訟時の10倍もの激甚な騒音があることを指摘。空港周辺の多くの皆さんに騒音公害問題を訴えて、飛行の増便や第三滑走路を認めない闘いを広げようと訴えられました。

一時間以上の講演を受けて、会場から次々と質問があり、東峰の森をつぶした空港会社の暴挙や島村さんへの圧力、成田空港よりも羽田優位の状況、裁判所に担保として提供した保証金の行方、などの質問について大口先生は丁寧に説明してくださいました。久しぶりの講演、ありがとうございました。

                事務局  安藤 眞一

|

2019年2月26日 (火)

大口弁護士を迎えて「三里塚農地裁判は、いま」学習会

19225_2
 昨日、エルおおさかで三里塚闘争弁護団から大口昭彦弁護士に来ていただいて、「三里塚農地裁判は、いま」と題した学習会が開かれました。45人の定員の部屋が満席です。

 19225_3全日建連帯労組関西生コン支部の武書記長がお出で下さり、関西生コンへの弾圧との闘いをめぐる来賓のごあいさつをいただきました。

 大口弁護士からの講演など学習会の詳しい報告は、後日、いただきますが、市東孝雄さんの農地をめぐる農地裁判、そして請求異議裁判とはなにか。そして昨年末1220日の判決について、それがいかに反動的で、司法として無内容極まりないものであるかが明らかにされました。

 19225_5そして「司法の反動化」が言われる中で、三里塚闘争とその中での裁判闘争を闘う弁護士としての想いが語られました。とりわけ、24時間空港化攻撃、第3滑走路問題のひどさと展望のなさを明らかにされて、成田闘争の一層の普遍化を呼びかけられました。

|

2019年2月18日 (月)

耕作権裁判・口頭弁論 傍聴報告(2月18日)

 千葉地裁で市東孝雄さんの南台の農地に係る耕作権裁判が、千葉地裁601号法廷で開かれました。お父さんの逝去に会った市東さんが三里塚に戻って20年が経過しますが、耕作権裁判が開始されて今月で丸12年。「不法耕作をしてきたと被告にされた」市東さんが、12年前の最初の法廷で、「なぜ、私が被告席に座らなければならないのか」と怒りの陳述をし、その怒りと「農地は、土は私の命」と訴え続けてこられた市東さんの想いが、この裁判を12年を経ながらまだ証拠調べにも入れない現実を作り出してきた。
 19218対照的に「農地(法)裁判」は、同じ南台を空港会社の同じ主張を根拠に争われながら、多見谷裁判長によるデマと自民党安倍政権への「忖度」によって早々と判決が強行され、それを東京高裁、最高裁が「追認」することで決定され、請求異議審が開かれ、2年も審理されながら結局裁判長による多見谷判決の追認としか言いようのないでたらめ極まる判決が昨年12月20日に強行された。
 この耕作権裁判と農地裁判の違いこそ、空港会社の証拠偽造、農地法違反などを根拠とするでたらめな裁判と市東さんの怒りと農民の本来あるべき「農地への想い」が裁判所に楔を打ち込み、身動きさせないでいるという現実によって生み出されたのだ。
 19218_2先立って近くの中央公園で簡単な集会、その後裁判所までのデモが行われました。集会で反対同盟の萩原富夫さんから請求異議裁判の高裁による強制執行の停止と法廷が開かれることが、報告され、同時に辺野古・沖縄の県民投票の闘いをはじめとした現局面と共に闘うことが訴えられた。
 裁判では、空港会社の黒塗りの証拠提出に抗議していた被告(市東さん側)から出されていた疑義に裁判所がインカメラで検討することになって提出されたものについて裁判所と被告弁護団とのやり取りがあった。その後、19218_4被告側から新しい証拠として、1963年当時、空港公団(現空港会社)が市東さんの畑などの現地調査によって作られた地図が提出された。これまで裁判では航空写真による「空中戦」のような論議をするしかなかった。しかし、新たに見つかったこの地図によって、この裁判で南台の畑中央にある農道の北側が市東さんが不法に耕作したものだとする(だから市東さんが被告に)畑が、実は1963年当時から市東さん(お父さんの東市[とういち]さん)が耕していた畑であることを示す決定的な証拠だと裁判後の報告会で一瀬弁護士が「こんなものがでてくるとは、驚いた」と感想を述べながら明らかにした。しかも、「不法」を主張する原告・空港会社(空港公団)が自ら作成した地図なのだ(右、葉山弁護士が示している黄色い地図)。
 19218_5そして大口弁護士が「たしかに請求異議裁判は厳しい局面にあるが、この耕作権裁判次第でその影響を受ける。全体的に闘い、頑張ろう」とまとめられた。
 この新たな局面に意を強くした、市東孝雄さんが「頑張ろう」と挨拶された。

 来週、2月25日、大口弁護士の講演で「三里塚農地裁判は、いま」と題した学習会が、午後6時半からエルおおさか南館7階72号室で開かれます。集まろう!

なお、次回耕作権裁判は、5月13日(月)、次々回は、7月29日(月)、いずれも午前10時半から千葉地裁601号法廷で開廷。傍聴券の配布が15分ほど前からはじまります。

|

2019年1月27日 (日)

若狭の原発を考える会・木原壮林さん挨拶(旗開き)

「若狭の原発を考える会」です。こんにちは。
 
三里塚決戦勝利関西実行委員会2019年団結旗開き、おめでとうございます。
 19120_2
50有余年の長きにわたって、農地を強奪する国策に抗して戦い続け、「闘魂益々盛んな」空港反対同盟の皆さんと関西実行委員会の皆さんに心よりの連帯の挨拶をさせていただきます。
 
安倍政権は、今、憲法に規定する戦争放棄、表現の自由、健康で文化的な生活を営む権利、勤労者の団結する権利を蹂躙する政策を次々に推し進め、憲法の実質的な改悪を進めています。
 
原発関係でも、安倍政権は横暴を極め、圧倒的な脱原発・反原発の民意を蹂躙して原発の再稼働を強行しています。彼らの利己的利益のために、人の命と尊厳をないがしろにするものです。また、脱原発に向かう、世界の潮流に逆らうものでもあります。しかも、原発稼働によって蓄積する使用済み核燃料は行き場もないのです。
 
一方、そのような状況の中でも、脱原発、反原発を求める運動は着々と成果を上げています。
 
今、圧倒的な脱原発、反原発の民意と、それに後押しされた大衆運動の展開のために、安全対策費がとくに膨大な老朽原発は廃炉に追いこまれ、福島原発事故当時、国内に54基あった原発は、今や34基にまで減少しています。
 
脱原発、反原発の大衆運動は、国内だけでなく世界にも拡がり、世界的にも安全対策費を高騰させ、最近では、日立が、英国での原発建設計画を凍結しました。安倍政権は、海外での原発建設を「インフラ輸出の柱」として推進してきましたが、その全てが頓挫したことになります。
 
それでも、関電は、来年以降、40年越えの老朽原発高浜12号機と美浜3号機を再稼働させようとしています。
 
それは、安全対策の困難な老朽原発は切り捨て、残った原発全ての運転を60年まで延長して、原発電力を「巨大資本に奉仕する国造り、戦時下でもエネルギーを確保できる国づくり」のための基盤電源にしようとする、安倍政権の政策に迎合するためです。関電はその露払いをしようとしているのです。原発の運転延長は「例外中の例外」としていたはずですが、安倍政権はこの約束も平気で蹂躙しているのです。許してはなりません。
 
私たちは、反原発運動を通して、科学技術に過剰に依存する社会、経済的付加価値の追求に明け暮れ、金のために、人の命と尊厳を犠牲にする社会と決別し、人が人間らしく生きて行ける、新しい社会を展望しようと考えています。
 
そのために、作物、生き物の生育という、自然の営みを基調とし、大地と水と空気と光の恵みの上に、成り立つ農業は、欠かすことのできない、人々の多くが関わらなければならない、重要な産業です。農業は、人間本来の生き方を学び、人間らしい感性を身に着けるための、学校でもあります。その農業が、今、国策によって、破壊されています。
 
農地を守り、農業を復権させることは、人が人間らしく生きる知恵を、自然に求めることであります。また、人の命と尊厳を踏みにじる、原発と決別することは、経済的利益のみ追求する、資本主義からの人間性の解放であります。 
 市東(しとう)さんの農地を守り、第三滑走路計画を粉砕し、全ての原発の廃炉を闘いとり、反動安倍政権を震え上がらせ、安倍政権を打倒する、圧倒的な大衆運動の高揚を、共に闘いとりましょう。

最後に、私たちの結集する「原発うごかすな実行委員会@関西・福井」は、324日には原発現地の高浜町で、老朽原発全廃を目指す「現地全国集会」を、また、519日には「関電包囲全国集会」を大阪で開催します。皆様のご賛同、ご支援、ご参加をお願いします。有難うございました。

 

|

2019年1月24日 (木)

団結旗開き 事務局提起

 関西実行委員会2019年団結旗開き 事務局提起

 みなさん。関実旗開きへの結集、ご苦労様です。ありがとうございます。私、松原の方から事務局の提起をさせていただきます。文章化して配らせていただいています。それを読む前に、一言お断りしておきますが、これは関実、あるいは事務局のなかで討論されたものではなく、関実では40年ほど前の永井さんの基調報告以来、話すことを託した本人に任せることが恒例になっています。その点で、あくまで私の私論です。

まず、昨年12月20日、請求異議裁判で不当きわまる判決が行われたことに、満腔の怒りを表明します。高瀬裁判長は2年間、何を審議したのか、そもそも何ゆえにこの裁判を開いたのか。

私たちを取り巻く情勢は、安倍政権が、沖縄の辺野古への昨年1214日から開始した土砂投入、あるいは昨年6月以来の関西生コンへの異常きわまる弾圧が、改憲攻撃の激化という中で進んでいることがその大前提、安倍政権の実態を明らかすることが大前提となるだろうとは思いますが、時間的制約もあり、その点を指摘するにとどめさせていただきます。

まず第一に、この13日、三里塚反対同盟の旗開きでの多くのみなさんの挨拶と決意がそうであったように、「いよいよ到来した決戦」とみなさんが呼号されるとき、私たちが直面している局面は、あの1968年から71年の50年前と同じものなのでしょうか。そんな夢想をするとしたら、三里塚闘争の歴史を矮小化することであり、敗北主義であり、無展望以外のなにものでもありません。
 多くの皆さんが具体的に触れたことを積極的に理解するとすれば、いつ強行される局面になるか全く見えないのですが、それは「市東さんの農地に国家権力が手をかけることは許さない」という意味での闘いということでしょう。しかし、沖縄の高江、そして辺野古でのわれわれ反対派に対する国家権力の暴力的・権力的対応をだすまでもなく、予想されるイメージはかなり厳しいものではないでしょうか。天神峰現闘本部の封鎖(1990年)、同本部の解体・撤去(2011年)、団結街道封鎖(2010年)、これらの夜陰に乗じた襲撃的攻撃を私たちは忘れません。沖縄のみなさんがその現実の中でなおも「あきらめない」と闘いを継続していることは非常に大切なことであるし、将来への重要な切り口として提示されているとしても、そこまでの運動的実態が、この三里塚で形成されてきたでしょうか。それを「50年の闘いの歴史」や、萩原富夫さん、市東孝雄さん、三里塚農民の個々の人びとの主体に依拠するとするとすれば、あまりにも無責任ではないでしょうか。

第二に、市東孝雄さんが「土は、農地は、私の命です」という言葉の持つ決定的重要性です。
 私は、13日の旗開きでの挨拶の中で、「1220判決」と国会で漁業法の改悪が同じ時に行われたことに触れました。そこで言わんとしたことは、安倍政権が、アジア太平洋における「TPP11」、ヨーロッパとの「EPA」、そして水面下で進められているアメリカとの「FTA」、これらは、この国、地域の農業、漁業など、第一次産業に従事する人々を切り捨て、グローバリズム、巨大金融資本に売り渡そうとしている流れです。辺野古新基地建設や関西生コンへの弾圧に象徴されるように、安倍政権にとっては「人々のくらし」そしてそこでの「自然」、地域のたたずまいなどは、最早どうでもよいことになってしまっています。
 実は、こうした安倍政権のあり方を根底的なところで撃ち抜いているのが市東さんの「土は、農地は、私の命です」という言葉なのです。
 その意味で、ここでの攻防に私たち関西実行委員会の全力を投入するというのは、きわめて当然な正しい方針だろうと思います。その時がいたれば、私たちも全力で馳せ参じなければなりません。

その上で、第三に、私たちはこの闘いの中にあって「国策」と闘うと表現してきました。
 今の農業切り捨て、グローバリズムに日本の第一次産業を切り売りしていくことを通して、日本の大資本が柱となっている多国籍企業の生き残る道を模索している安倍政権の政治、大きくは、戦後の自民党農政に、米問題が象徴するように、農民は展望を失い、離農し、耕作放棄してきたというのが戦後の農民、農業の現状ではないでしょうか。
 2030年を目標に進められている1000ヘクタールもの農地、土地の強奪を前提とした成田空港の第3滑走路問題に対して、あるいは成田空港の規制緩和による殺人的な騒音を強制することに対して、反対運動が激しく起ちあがることなく、成田空港会社NAAのキャンペーンであるにしろ、「8割の地権者との交渉は終わった」とされる原因に、予定地域を中心とした農民の「諦め」「農業への展望のなさ」が大きく横たわっているのではないでしょうか。
 もちろん、置賜の農民群をはじめ全国各地で苦闘しつつ踏ん張っておられる農民のみなさんがおられることも承知しています。13日にも、唯一、匝瑳市の小川浩さんが農民会議を代表してTPPに触れ、農民の闘いを、傾聴に価する内容をもって語っておられました。この農業、農民が立っている苦境に抗って大きく枠組みを作っていこうとする闘いが焦眉の課題となっています。今更の感はありますが、そうした「枠組み」が形成される中から、市東さんの農地問題を農民共通の基軸的な問題とする流れが生まれてくることが何より求められているのです。農業問題のその流れの中から市東さんを守ろう、支えようとする取り組みが、大きな意味を持つものとなるでしょう。このことについて私たち関西実行委員会がどうできるのかあらためて考えなければならないと思います。

 第四に、三里塚闘争50年の中で、萩原さん、市東さんはそれぞれ、親子3代、2代にわたって闘い抜いてこられました。私たち自身を省みればわかることですが、実は大衆運動で親子が引き継いで2代、3代と闘いを継続することは、ほとんどあり得ない、稀有のことです。50年という歴史の経緯の中で農村共同体の体をなさない三里塚の現実にあって、その困難性は言うまでもありません。先日の1220日の後の市東孝雄さんの決意の表明、あるいは13日の旗開きでの、市東さん、萩原さんの発言を通して、お二人の固い闘いへの想いと決意は明らかにされました(あるいは、この報告の前の萩原さんの挨拶)。そのお二人の後を引き継ぐものがあるかどうかは、最早、お二人の責任ではありません。それは三里塚闘争の闘いそれ自身が解決できるのかどうかの問題です。このことは、私が、本質的な問題とは別に第三の問題を指摘したひとつの原因でもあります。
 実は、沖縄の辺野古の新基地建設反対、あるいは全国の原発再稼動反対、これらの闘いも、地域のひとびとが思うように自然に生きていけなくなっているところで、形こそ違え三里塚のこうした問題を共有しています。まさに「国策」に反対する根が一つの闘いなのです。
 新しい年を迎えた私たち三里塚関西実行委員会は、こうしたいくつもの問題を引き受け、今年も、三里塚反対同盟のみなさん、萩原さん、市東さんとともに闘い抜いて行きましょう。

 当面、まず、別紙案内にあるように225日『三里塚農地裁判は、いま』学習会に参加しよう!
 そして、成田市内で開かれる331日、三里塚全国総決起集会に参加しよう!

また、若狭の原発を考える会の木原壮林さんより提起のあった老朽原発をうごかすな! 324高浜現地全国集会、519関西電力本店包囲全国集会に参加しよう!

沖縄・辺野古のたたかい、あの自然豊かな海を殺す土砂投入を許さず、辺野古新基地建設反対をともに闘い、とりわけ224県民投票に連帯しよう!

217狭山集会に連帯し、石川一雄さん、袴田巌さんの再審無罪を勝ち取ろう!

最後に、全日建連帯労組関西生コン支部への警察・国家権力の総力をあげた弾圧攻撃、組織破壊の攻撃を、多くのみなさんとともに跳ね返す闘いにともに起って連帯しよう!

|

2019年1月23日 (水)

関西実行委、2019年団結旗開き、開かれる

 去る1月20日、三里塚関西実行委員会の「団結旗開き」が、三里塚から萩原富夫さんを迎えて、50人の参加で、事務局の安藤の司会で開かれました。
 19120初めて尼崎・伊丹実行委の弥永さんが集会の主催者挨拶をして、始まりました。19120_2

 反対同盟を代表して萩原さんが、1月13日反対同盟旗開きに出された『闘争宣言』を読みながら、解説を加えての挨拶をされました。

 連帯の挨拶として、部落開放同盟全国連合会から、瀧岡さん。19120_3若狭の原発を考える会から木原さんがそれぞれ挨拶をいただきました。瀧岡さんは、狭山闘争が再審を勝ち取れるかどうか重要な局面に入ったことを訴えられた。木原さんは、老朽原発の再稼動を絶対に許してはならないと、3・24高浜現地、5・19関電本店それぞれでの全国集会を訴えられた。

19120_5 ここで関実事務局を代表して松原から「提起」が行われた(後日掲載)。

 19120_6永井関実代表世話人が、簡単な挨拶の後、乾杯の音頭。

 この後、しばらく歓談の時をもった上で、被災地雇用と生活要求者組合の19120_7長谷川代表を皮切りに皆さんからの年頭の決意や訴え、そして梶原さん、若狭の橋田さんなどから「隠し芸」「歌」が次々と披露され、にぎやかな旗開きが今年もできました。
 19120_8風をおこす女の会のみなさんと萩原さんが踊る一幕も。

 今年は、永井代表が中座して帰られたため、恒例の「賛美歌」はなく(ほっ!)、最後に皆さんが円座になって、反対同盟歌「大地に撃てば響きあり」と「インターナショナル」の合唱で無事に旗開きを終えました。

 大口弁護士を招いての2・25「三里塚農地裁判は、いま」学習会を成功させ、3月31日、成田市赤坂公園で開かれる三里塚全国総決起集会に集まろう!19120_9


|

2019年1月14日 (月)

三里塚反対同盟旗開き (1月13日)

 昨日、1月13日(日)、三里塚芝山連合空港反対同盟の『2019年新春団結旗開き』が、午前中の東峰部落現地での集会・デモをやりぬいて、午後1時から、成田市内で開かれました。集会は、多くの人々の発言に、冒頭に昨年12月20日強行された「請求意義裁判」判決への怒りの弾劾と、これを跳ね返して安倍を倒す先頭に立つ中から三里塚闘争の勝利を呼びかける声で充満しました。

 19113冒頭、反対同盟の萩原富夫さんから、年頭に当たり反対同盟より出された『闘争宣言』(「19.1.13PDF三里塚闘争宣言.pdf」をダウンロードが読み上げられ、その上で当面の闘いとして重要な闘いとそのための400万円カンパの要請があった。そして農を守る先頭に三里塚が立つことをやっていくための、三里塚の農業への支援、援農、現地調査が訴えられた。最後に第3滑走路計画の理不尽さを糾弾された。

 19113_3続いて市東孝雄さんがたたれて、挨拶をされた上で、乾杯の音頭をとられました。
 市東さんは、「農地は私の命です」と訴えられて、12・20判決がいかなる事態を生もうが、天神峰にとどまり闘いぬく決意を明らかにされ、お父さんが亡くなられてから20年を経たことにふれながら「(親爺のモットーであった)老いて闘魂ますます盛んなり」を自らの想いとして闘いぬいていくことを明らか印して満場の拍手を受けて、乾杯の音頭をとられました。

19113_4 その後、しばらく歓談が行われたああと、恒例にしたがって、動労千葉の田中委員長、三里塚関西実行委員会からは松原、そして市東さんの農地取り上げに反対する会の皆さんからの挨拶などが続きました。
 そして、支援の市民団体や党派の皆さんからそれぞれ年頭の決意が語られて、2時間あまりの盛り上がった『旗開き』を終えました。

 

|

2018年12月21日 (金)

卑劣、不当な判決を弾劾する!(請求異議裁判)

 卑劣、不当な判決を弾劾する!

 昨日、千葉地裁で市東孝雄さんの農地にかかる請求異議裁判(元の裁判は農地法裁判)の判決が行われた。
 内容を云々する気にもならない卑劣、不当な判決だ。(判決要旨「18.12.20判決文要旨.pdf」をダウンロード 判決全文は三里塚反対同盟ブログにありますhttp://www.sanrizuka-doumei.jp/home02/index.html
 181220高瀬裁判長は、確定判決の東京高裁結審直後に行われた、1971年9月の小泉よねさんへの家屋と農地強奪を「過酷執行」とする小泉英政さんへの成田空港会社の謝罪と和解を認識したから、2年前にこの請求異議裁判の開始を認めたのではなかったのか! それゆえに、加瀬勉さんや小泉英政さんの証言を認めたのではなかったのか! 
 こうした請求異議裁判の経過を一切無視し、でたらめ極まりない文言に終始した「判決要旨」でしかない。怒りを込め、この判決強行を弾劾する!(右写真は、裁判後の報告会で挨拶する市東さん) 
 そもそも、成田空港会社の代理人が一人も法廷に姿を見せなかったことの中に、この判決が、安倍政権の意向、そしてそれを代弁する成田空港会社の意向を忖度したものでしかないことを物語っている。高瀬自身、裁判の進行協議の中で「私は小役人ですから」と自らを語ったと弁護団が報告していたが、そんな「捨て台詞」が司法の立場に立つ裁判長として成り立つと思うのか!断じて許されない!
 私たちは、怒りをもって直ちに控訴した市東さんを支持し、ともにその農地を守るために最後まで闘うことを決意する。

 同時に、強制執行を高裁の控訴審まで、行うことのないよう市東さん、弁護団が要請したことについて、今日、千葉地裁と弁護団の間で協議が行われることになったが、千葉地裁がそれを直ちに認めるよう私たちは求める。

|

2018年11月20日 (火)

耕作権裁判を傍聴 (11月19日)

裁判所の異様な過剰警備

  1119日、千葉地裁民事第2部・内田博久裁判長により耕作権裁判の第39回目の口頭弁論が開かれ、関西から2名の仲間と共に傍聴闘争に参加しました。

181119この日は午前9時から千葉中央公園で決起集会が開かれ、関実を代表して安藤が挨拶。特に山本善偉世話人の偲ぶ会(113日開催)にご出席いただいた市東さん萩原さんら参加者全員で故山本世話人の遺志を受け継ぐ決意を固めたことを報告。反対同盟の呼びかけている「千葉地裁への要望書提出」を偲ぶ会参加者の皆さんに記入していただき、「強制収用するな」の思いを込めたことをアピールしました。

反対同盟の萩原富夫さんは「今日裁判所に強制収用するな、との要望書を提出して、耕作権裁判でNAAの不法を追及し、1220日の請求異議裁判の判決で勝利しましょう」と訴えられました。

集会のあと裁判所までデモ行進が行われ、裁判所正面で二列になって「人間の鎖」をつくり、抗議のシュプレヒコールを行い、市東さん、萩原さんが中心となって1000筆をこえる「要望書」を裁判所に提出。

181119_2裁判所入口に入っていつもより大勢の職員が不当な検問にあたっていることに驚きました。いつもの倍以上30名ぐらい配備されていたと思われます。裁判の開廷冒頭に大口弁護士が裁判長に対し「あなたは今朝の異様な警備体制を知っているのか」と問いただしたところ裁判長は「知りません」と答えたので「裁判所は公平な裁判をするのではないのか、今日に限って異常な不公平な警備をするとは何事か。威圧することは許されない」と怒りをぶっつけ、傍聴席からも怒号と拍手が沸き起こりました。内田裁判長は「所長に伝えます」と弱々しく語り、この日の裁判が始まりました。

 

新たな「文書提出命令」申し立て

裁判所が命令しても「文書開示」を炭ぬりでごまかす原告NAAに対し、弁護団は新たな文書提出命令を申し立てました。各弁護士より「真実がバレるから出さないのだろう」「30年前の文書なのに提出を拒否する理由はないはずだ」と厳しく追及。一部の文書がやっと開示されたものの「300万円を支払った」と核心点でない内容が開示されただけです。当時の用地買収交渉や農地を確定したやりとりなど、市東さんの農地取り上げで、土地の位置が確定できていない、立ち合いも行われていない、市東東市さんの書類を偽造している(署名も印鑑も)など重大な問題がはいっている文書は炭ぬりのままです。弁護団は、この隠ぺい体質を打破しようと新たな文書提出命令を出しました。これに対し、裁判長は裁判官の裁量で隠している文書を調べる「インカメラ」審理の導入を検討し1210日までに回答することを明らかにしました。

 

弁護団が新たな立証ブラン

 不都合な文書を隠し続ける原告NAAとこれを擁護する姿勢の裁判所に対し、弁護団は新たな「立証ブラン」を提出し、これからの訴訟を勝利的に導こうとしています。以前の立証プランは13項目でしたが、これに加えて追加項目をいれ、各項目ごとの担当者(学者、専門家)も明らかにしたい、と説明がされました。裁判長は意外にも、この提案を受け次回弁論までに担当者名を明らかにしてほしい、と弁護団に依頼していました。次回弁論は218日 次々回は513日を決めて閉廷しました。

 

萩原さんが強制収用を許さないと

181119_3裁判の後で開かれた「報告会」は少し離れた千葉美術館で行われ、冒頭に市東孝雄さんから「今日はお疲れさまでした、1220日向かって共に勝ち抜きましょう」と短い決意表明がありました。続いて葉山弁護士が1ページが真っ黒に炭ぬりされた「開示文書」を見せながら、新たな文書提出命令で追及することを強調。そして今日の異常な警備は1220日の判決日に向けた「予行演習」ではないか、と指摘。遠藤弁護士からも「良い判決は出ない」ことを念頭にして闘おう、との呼びかけがありました。  このような発言を受けて、萩原さんが「126日、13日に裁判所への要望書提出活動を行い、耕作権裁判の盛り上がりで強制収用させない闘いを続けましょう」との決意を表明されました。関西実行委員会も、年末年始の闘いに取り組み市東さんの農地を守りぬきましょう。

                      事務局  安藤眞一

 

 

|

2018年11月 5日 (月)

「山本善偉さんを偲ぶ会」に参加して

Img_4309山本善偉さんの偲ぶ会に、家族友人たち約100人が六甲学生青年センターに集いました。本当に多くの人たちの善偉さんとの交流と思い出話しを聞いてあらためて、善偉さんの素晴らしい生き方人々の交流に心打たれました。教え子には財界人もおり、様々な偲ぶ会が開かれているが、この会こそ善偉さんの本当の思いに寄り添うものだ(実際は、「最左派」との言葉ですが)との指摘があった。 

善偉さんは、1943年の学徒出陣壮行会の答辞で、「命を賭けて敵米英を撃滅する」と檄を飛ばし、新兵訓練の教師として、多くの若者を戦地に送った。戦後母校で教鞭とるも、アメリカ留学で、フィリピン女学生から、牧師の父親が民兵を匿ったために目の前で日本軍に殺された話しを聞かされ、辛うじてアイムソーリーとしか言えなかった体験が、後々反戦反基地反差別の闘いを97才に亡くなるまで貫いた原点と言っていた。

Img_4310遺族を代表した息子さんが、新しい世界観や考え方に非常に柔軟に受け入れる人だといわれた。客観的情勢や世の中の動向が大きく変化するとき、真っ白な気持ちで向き合い、これまでの自らの考え方や世界観にいつまでも固執せず、これまでの有様を痛苦に反省し自己変革と格闘する勇気と必死の努力をされたのだろうと思います。私はそのことの大切さを善偉さんから教えられました。本当に戦争と戦後の歴史を背負って生き抜き闘い抜いた人だと思いました。学徒出陣の送辞答辞を述べた2人ともが、Img_4311戦争を否定し、平和と人権を守る闘いを貫く生き方をした事実の重さを、痛感します。安倍の破綻はこの点で必然です。素晴らしい偲ぶ会でした。沖縄から安次富さん、金さん、三里塚から市東さん、萩原さん、山口さん、反原発の木原さん、部落解放同盟全国連はじめ様々な方々が素晴らしい発言をされました。

というか善偉さんの人徳だと思います。松原さん。みなさん。大変お疲れ様でした。
               関西合同労働組合  石田勝啓

 

|

より以前の記事一覧