2021年7月12日 (月)

三里塚で「樫の木まつり」 (7月11日)

 雨を予想した三里塚でしたが、薄日が差す、蒸し暑い中で、南台の市東さんの農地で、簡単な集会と、そこから市東さんの自宅がある近くの開拓道路までのデモが、参加した150人によって闘い抜かれた。21711

 そして、市東さん宅の前にある作業場で、「樫の木祭り」が始められた。

 21711_20210712154301 主催者挨拶に立った萩原富夫さんは、この6月8日の請求異議裁判の最高裁判決に対して淡々と想いを語られた。「第3滑走路の用地交渉をしている最中で、市東さんの農地を獲るなどという乱暴なことは考えにくい」としながら、「市東さんには母屋があり、所有する畑もある。市東さんはそこでやり抜くと言われている」「私たちが、市東さんの暮らしをともにどうやって守り抜き、闘い抜いていくかだろう」。「その上で実際に何かあれば、私がその先頭に飛び込んでいるだろう」とも。「ともかく、耕し、暮らしをここで続けていくことです」と。

 しかし、その後の集会は、やはり「6・8最高裁判決」への怒りと糾弾の声が最後まで続いた。

 動労千葉、そして私が関西実行委員会を代表してそれぞれ闘いへの想いを語った。その後、関西生コン、沖縄、若狭の原発を考える会、あるいは地元の住民からのメッセージが紹介された。

 21711_20210712154302 そして関東の仲間の歌が先導して、京都からこの日に駆け付けた川口真由美さんが登場。まず冒頭、萩原富夫さんとのデュエットに全体が驚いた。後で、私のFacebookに「音、はずしてました」とご本人からコメントがありましたが、どうしてどうして、大したもの。21711_20210712154202 その上で川口真由美さんの熱唱がつづきました。常に辺野古や沖縄の離島、そして韓国などの闘いの現場に立っておられる川口さんの想いのこもった歌に、全体が浸りこんでいた。

 そこへスイカが配られ、みなさん、大いにその甘い味わいにゆったりと。正に「まつり」を実感。

 しかし、それで終わらないのが三里塚(?)。市民団体の連帯の挨拶と、現地支援4党派の決意表明が、1時間余り続いた。「これ、なんとかならない?」というボヤキの声も。

 それから「お待ちかね」の抽選。市東さん、萩原さんが作った産直野菜、玉葱、ジャガイモ、ニンジンの袋が、次々とみなさんに配られる。私も当たるが、毎週の産直野菜で過剰気味のものなので川口さんに譲った。

 21711_20210712154201 市東孝雄さんから、最高裁判決に触れながら「裁判がすべてではない。私たちにはこの現地の闘いがある」と闘いつづける想いが明らかにされた。最後に決戦本部の太郎良さんから「三里塚に来てください」と語り掛けられたうえで「闘うぞ!」の三唱が行われた。その頃から、待ちかねたように強い雨が降り出した。(この強い雨が一晩続き、翌朝、畑を見るとトウモロコシがなぎ倒される被害がでていたと現地から報告があった。)21712

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2021年6月24日 (木)

今週の産直野菜 (6月23日)

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昨日23日、三里塚から野菜が届きました。老朽原発美浜3号機の再稼働を許さない現地行動があり、帰ってきたら、玄関入り口の前に箱が置かれていました。インゲン、モロッコインゲン、ニンジン、ピーマン、シシトウ、ニンニク、ズッキーニ、ジャガイモ、ナス、セロリ、キュウリ、大根、玉葱 以上13品です。セロリだけ、裾を少し削って、水に入れて蘇生。後は、現地行動の疲れがひどいので、広げたままほったらかしです。これから整理です。しかし、大根が2度だけで最終ですか。がっかり。なにしろ糠漬けの主賓ですから・・・。

 昨日の美浜現地での原子力事業本部への抗議と申し入れとデモ、そこから30分以上バスで移動して、美浜3号機の前で集会とデモ。大型バス4台と乗用車10台以上の結集で、350人の闘いになりました。天気が良く、気持ちのいい闘いになりましたが、暑かった! しかし、関西電力は、これまでほとんどの再稼働を夕方以降にしながら、今回はセレモニーまでやって午前10時に再稼働のボタンを押した。そのことを聞いて怒りは倍加した。海には警備艇が大型、小型、あわせて3隻も。通常は1隻だけがいるのですから、ここにも関西電力の必死さが見える。

 私(松原)は大阪からの行きかえりのバスの責任者だったので、予定を越えた延べ35人の乗車という嬉しい悲鳴の中、ほとほと疲れました。1枚目の写真が原子力事業本部前、2枚目が背後に3号機を観ながらデモの出発、3枚目はその後。

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2020年12月28日 (月)

「正月野菜セット」が届きました (12月28日)

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三里塚から、「正月野菜セット」が届きました。白菜、落花生(別注品)、ニンジン、里芋、サツマイモ、小松菜、ほうれん草、ネギ、ゴボウ、大根 以上10品です。まだ、先週届いた野菜が残っており、冷蔵庫に入りきれません。頑張って食べるしかありませんが・・・。Photo_20201228095801 Photo_20201228095801

1977年、「岩山大鉄塔(写真・福島菊次郎さんの写真集『戦場からの報告』より転載)」を守ろうと三里塚関西実行委員会が結成(2月)されましたが、権力による謀略的な岩山大鉄塔破壊(5月)が強行され、「暫定開港」にむけた政府による必死の策動が強まる中で、その年の年末、私たち関実主力の住民団体が三里塚農民との絆、団結を深めたいと始められたのが「三里塚団結野菜市」でした。今年で44回目を迎えます。

当初は、私たちの注文したものをまとめてトラックに満載して、現地から支援の人たちの運転で、年末に明石教会の庭に運び込み集まった20人近い人たちの手で仕分けされ、各団体がその仕分けされたものを持って帰りました。関東、中部地域の大雪で高速道路をはじめ道路が身動きならない渋滞に襲われ、三里塚を出発したトラックが1日以上かけて20時間近く遅れて到着したこともありました。私たちは、休めるものは仕事を休み、明石教会のストーブで暖をとりながらじっと待っていました。
私たち新空港反対東灘区住民の会は、各家庭ごとに明石教会のその場で箱詰めし、レンタカーで小型トラックを借りて、私が運転して明石から西宮の十数か所のお宅にその日のうちに配りました。昼前に配り始めて、終わるころには暗くなるという大変な作業でした。40年近くやる中で、私たちが高齢化するだけでなく、遠路運ぶ現地支援も。これは事故が起こってもおかしくなく、非常に危険だということになって、現在の宅急便(クロネコ)を使って、各注文先ごとに直送するという形態に変わりました。

先日、請求異議裁判控訴審(東京高裁)で、市東孝雄さんの南台と天神峰の農地、作業場を強制収用する判決が強行されました。市東さんとって「わたしの命です」という農地です。断じて許されません。弁護団の闘いで、とりあえず千葉地裁によって来年3月31日という期限をつけたものの「執行停止」の決定は出されています。
一級農地を空港のために強奪するというこの政策は、「家族農業などなくなればいい、集約農業だ」とする自民党農政による農業破壊を根拠としています。食料自給率が38%でしかない現実を、むしろ悪化させても「安い食料を輸入すればいい」「もうかる産業を」と酷い政策に走る自民党農政をこれ以上許してはなりません。全国の苦闘する農民の皆さんと共に、三里塚、市東さんの闘いを守り、この国の「食」を守りましょう。コロナ禍の中で、そのことの重要性がますます明らかになっています。

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2020年12月19日 (土)

市東さんの農地に係る請求異議裁判控訴審判決を弾劾する!

 12月17日、東京高裁・菅野裁判長は、請求異議裁判控訴審で、市東孝雄さんから出されていた控訴を棄却するとともに、農地強奪の強制収用執行停止を取り消した。断じて許されない。201217_20201219100201

 判決直後に開かれた裁判の報告会で、市東孝雄さんは、「多見谷(地裁)、小林(高裁)、そして今回と、期待はしていなかったが、同じことだ。裁判で明らかにされた多くの証言(への対応)が一つも入っていない。絶対に認めることはできない。まだまだ、天神峰で農業を続ける」と、淡々と想いを語られた。

 市東さんと弁護団は、直ちに最高裁に上告するとともに、強制収用の執行停止を求める手続きに入った。その結論は来週(12月21日以降)にも、出されると思われる。201217 201217

 コロナ禍の中で、多くの裁判が延期され、また開始さえできないという状況が全国の裁判所で起こっている。そんな中で、東京高裁・菅野は10月22日の最終弁論の法廷で、早々とわずか2か月足らずで判決を強行することを明らかにした。報告会での弁護団の判決文を見た直後の感想として、いろいろと詭弁を弄して事実を捻じ曲げ、強弁しているに過ぎないということが語られた。

 空港会社(国・空港公団)による偽証、証拠偽造、農地法違反などが次々と明らかになり始めた時に、強行されたのが千葉地裁・多見谷裁判長による農地法裁判判決であった。高裁小林決定、最高裁、そして今回の異議審控訴審・菅野判決も、その多見谷判決のペテンを引き継いだものでしかない。その犯罪性は、同じ南台農地の市東さんの耕作を不法と断じて始められたはずの耕作権裁判が、13年余を経過して、空港会社(国・空港公団)による偽証、証拠偽造、農地法違反などが確定されることを避けたい空港会社の意図によって、千葉地裁で今もなお争われ、しかも証拠調べにも入れていないことが如実に示している。そもそも、この請求異議裁判の地裁、高裁段階で、空港会社代理人は、裁判所から幾度も市東さん側の指摘に応えるよう催促されながら、何一つまともに応えようともしないで沈黙を繰り返してきたではないか。

 このコロナ禍の中で、経済成長を根拠とした「航空需要」なるものの虚構が世界的に暴露され、それを前提にこの60年余りをかけて進められてきた航空会社経営、空港経営の破綻が次々と明らかになってきている。成田空港もまたそれから逃れられず、来年3月期の800億に上る赤字と第2滑走路の閉鎖にまで至ったではないか。そのことは市東さんの農地問題それ自体が、その虚構の中でしか存在しないことを示している。

 同時に、その60年余をかけて、日本は食糧自給という深刻かつ重大な問題を切り捨て、「家族農業を大規模化へ」という虚構を農民、農業に押し付け、耕作放棄地の拡大や離農の流れを生み出してきたではないか。このことに依拠して、冨里空港計画の破綻を、三里塚農民からの機動隊暴力による農地強奪を軸とした襲撃、攻撃によってとりつくろって形成されてきたのが成田空港であり三里塚問題なのだということがある。

 私たちは、東京高裁・菅野の無様な反動判決への怒りを、そうしたことを踏まえた新たな闘いへの根拠としようではないか。全国の農民、農業の置かれた現状に、今日の市東さんの闘いはそうしたことを指し示しているのではないだろうか。全国の苦闘する農民と共に、この反動判決への怒りを梃に新たな闘いに進もう! 市東さんの農地を守り抜こう!         (12月19日 松原康彦)

【注】1枚目の写真は、報告会で挨拶される市東孝雄さん。2枚目の写真が、判決後、東京高裁に向けて怒りのシュプレヒコール。3枚目が、日比谷公園霞門を出発する150のデモ。

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2020年10月24日 (土)

10・22 請求異議控訴審最終弁論(結審)の報告

法廷内外で「正しい判決を下せ」の声

 10月22日 、裁判所近くの日比谷公園霞門で決起集会が行われ、各地から結集した100名ぐらいの仲間と共に最終弁論に向けての決意を固めました。201022_20201024172103 反対同意の挨拶などに続き、関西を代表して安藤から「今日は正しい判決を勝ち取るために法廷内外で頑張りましょう。破綻した成田空港なのに、命を生み出す市東さんの農地を取り上げることは許せない。けさ沖縄の市東さんの会キムチミョンさんから離れていても心は一つ、農地を守るために共闘、連帯しよう、とのメッセージを頂いた。全国の仲間と共に勝利しましょう」との挨拶をしました。201022_20201024172102 決起集会のあと、201022 東京高裁周辺のデモに出発、関西から参加した仲間と共に市東さんの会の隊列に入らせていただき、シュプレヒコールを続け、日比谷公園で解散。12時半ごろに反対同盟の市東さんらが東京高裁宛ての「要望書」を高裁担当者に提出し、201022_20201024172201 1時半の傍聴券抽選に備えました。この日の傍聴者は22名の制限で超狭き門、予想通り関西の仲間は全員落選、4時半の終了まで待機することを決めたとたん、あるグループの優しい配慮で安藤だけ傍聴できることが出来ました(他の皆さんすみません)。

 340頁超えの準備書面を提出

  100名は傍聴できる102号の大法廷で、わずか22名の傍聴でしたが、たえず拍手と歓声と「いいかげんな判決出すなよ」の声が傍聴席から飛び交い、約2時間40分の緊迫した最終弁論となりました。菅野雅之裁判長は冒頭に「今日は最終弁論です。市東さん、石原補佐人、内藤補佐人は10分ずつの陳述、弁護団からは90分の弁論を」と2時間以内で終わる事との上から目線的訴訟指揮からスタート。最初に市東孝雄さんが裁判長に向かって正々堂々と弁論を開始「2006年から14年間も私の農地を取り上げる裁判が続いているが、私は何も間違ったことはしていない、小作農として大切な農作物を作ってきた。無農薬、有機肥料栽培の農作物を皆さん喜んでくださる。そんな私の農地と農業を無理やり取ることは許せない。おやじに内緒で違法な手続きで農地を売買して出てゆけと言うNAAの不法を許してよいのか。裁判長、この農地は生きている、命を生み出している、この農地を取ることは俺の仕事を奪うことだ。強制執行の許可をしない判決を出してほしい」と感動的な心の叫びを訴えました。

  このあと、石原健二補佐人は「市東さんの農地と農業には大きな公共的価値がある。長らく国連の食糧機構にも取り組んできたが、食料の安定供給こそ平和を創り出している。国連もこの観点から家族農業と小規模農業を推進している。市東さんは国連のすすめる農業を実践し、本物の農業だ。千葉地裁は公共性の大きい市東さんを切り捨て間違った判決を出した。市東さんの農地を取り上げは許せない。」と証言。傍聴席から大きな拍手が起こりました。続いて証言した内藤光博補佐人は「憲法学者として市東さんの農地を取り上げる暴挙は民法第一条三項で規定されている権利の濫用は、これを許さないとの条文にあたり、NAAはかつて隅谷調査団のシンポジウムを受けて国として二度と強制収用はしない事を約束したのに、これを反故にして強制的に取り上げようとしている。権利の濫用そのものだ。市東さんが人生をかけて来た農業を奪うな」と裁判長を圧倒する証言をされました。

  さらに追い打ちをかけるように弁護団から342頁にわたる膨大な陳述書を提出。先頭で陳述した葉山弁護士は特に「原判決が援用する最高裁昭和40年12月21日判決は、失当であり、本件事案には該当しない。」と強調して地裁判決の不当性を暴露、恣意的な判決に抗議を示し、裁判長に正しい判断を求めました。この日は弁護団全員が、この陳述書を各部ごとに担当し、時には怒り、厳しく弾劾して、持ち時間の90分間をオーバー。途中で裁判長が、マスクをつけて陳述しなさいとか時間を守ってください、と弁護団に訴訟指揮しましたが、委細かまわず弁論を続けました。

  弁護団の陳述の後半ではコロナ禍で成田空港が破綻している現実を縷々説明し、市東さんの農地を取り上げる必要性は消滅した、直ちに訴えの取り下げをせよ、と強く求めました。菅野裁判長はNAAの代理人に対し反論を求めたところ「特にありません」と弱弱しく返答。この時、筆者は「あ、もう自分らに都合の良い判決を期待している」と腹の底を見た思いでした。そして裁判長がいきなり「判決を12月17日午後2時に行う」と発言、すぐに会場から「わずかひと月足らずで判決が書けないだろう。もう作っているのか。人間らしい判決を出せ」との怒号と歓声が起こりました。

  判決公判は1217()午後2

 興奮さめやらぬ法廷をあとに、裁判所近くの弁護士会館ロビーで報告会が行われ、201022_20201024172001 市東さんの挨拶、弁護団からの解説、質疑応答、そして傍聴で頑張った皆さんからの挨拶が行われました。これで請求異議訴訟の区切りとなりましたが、裁判は耕作権裁判をはじめ、まだまだ闘いは続きます。市東さんが法廷で熱く語った「裁判長、この農地は生きている、命を生み出している、この農地を取ることは俺の仕事を奪うことだ。強制執行の許可をしない判決を出してほしい」との決意を我が物にして、正しい判決が下されることを期待しましょう。
                                         報告者  事務局 安藤眞一

 

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2020年10月 5日 (月)

9・27三里塚全国闘争(成田)に参加して

9・27三里塚全国闘争(成田)に参加して

ナリタも、日本・世界も曲がり角

台風一過の9月27日、1年半振りに三里塚全国集会が開かれました。コロナ禍の中参加をためらう人も多かったと思いましたが、それでも440名が結集しました。(成田市赤坂公園)

 ナリタは開港以来最大の危機

 伊藤信晴さんの主催者あいさつに続き基調報告に立った萩原富夫さんは、三里塚闘争が54年を経過した今日、コロナ禍でナリタは最大の危機的状況にあることを詳細なデータをもとに訴えました。

 周知のとおり現在は入国制限もあり来日客は大幅減、そして空港内テナントも次々閉店に追い込まれています。またLCCはもともとぎりぎりの採算ベースで運行していましたので、この状況下では全く成り立たないとのこと、またこの10月から1日千人の入国再開を予定しているとのことですが、検査と2週間の待機が必要で「そんな旅行に誰が来ますか!」と断言しました。

 そして「アフターコロナの時はナリタは必要ありません。しかしこの状況でも第三滑走路、空港機能強化を推し進めています。まさに成田の恥です」とNAAを弾劾しました。

 裁判闘争へ更なる結集を20927_20201005150601

 先日の新やぐら裁判で「看板ややぐらを撤去せよ」との判決が出ましたが、さすがに仮執行宣言は出来ませんでした。萩原さんは「これは粘り強い闘いの成果」と語り、控訴審に向かう決意を示し、10・22請求異議裁判控訴審(最終弁論)への結集を訴えました。

 そしてまとめとして「第三滑走路は白紙撤回しかない。市東さんの農地を守り抜こう。国策と闘う全ての人々と連帯しよう。廃港に向かって決起しよう」と結びました。

 産直の輪を拡げよう

 連帯のあいさつとしてまず動労千葉の関委員長が発言しました。振り返れば関川さん中野さん田中さんに続く4代目の委員長で、三里塚の闘いと共に歩んできた動労千葉の歴史を感じずにはおれません。

 次に我関実から安藤眞一さんが登壇。氏は現在牧師の任にあり、平日の裁判の傍聴には何度も参加していますが、日曜日は礼拝があり全国集会参加は厳しいのですが、この日は何とか都合をつけて参加して久しぶりに発言することが出来ました。

 氏はまず今回三里塚教会に立ち寄ったことを報告。そして関空も神戸空港もナリタと同じ危機的状態であることを明らかにし「産直の輪を拡げて、コロナ禍の中でも結集した私たちの決意で市東さんの農地を守り抜こう」と訴えました。20927_20201005150602

 小作でも権利あり  20927_20201005150603 20927_20201005150602  

 そして当該の市東孝雄さんは「何故私が訴えられなければならないのか!」と改めてこの地で営農していることの正当性を語り、そして裁判では「相手は自らは何も主張しない、こちらの弁論に(形式的に)反論するだけです」とNAAの裁判所に依拠した開き直りを弾劾しました。そして「小作農でも生きていく権利がある。これからも皆さんと共に闘い続けます」と変わらぬ決意を表明しました。

 自粛警察許すな

 顧問弁護団から4名の方が発言しましたが、中でも遠藤弁護士からソーシャルディスタンスなどに振り回されずに私たちは「密集して」闘わなければならないという意味合いのやや過激な(?)発言がありました。

 確かにこのコロナ禍の中、私たちは政府や各自治体が発する「自粛」や「要請」に無自覚に慣らされてしまい、それがいつの間にか「強要」「強制」となり、SNSなどを介して「自粛警察」が登場してそれらに従わない場合は恫喝やいやがらせを引き起こしています。まさにかつての「隣組」「自警団」の再来です。挙句「緊急事態宣言」という名の「戒厳令」へ行きつくのではと懸念します。

 マスクや手洗い、消毒そしてソーシャルディスタンスは必要でしょうが、このような危険性をはらんでいることを常に念頭に置いておくべし、遠藤弁護士はそう訴えたかったと思います。

 福島、沖縄、そして若狭と共に

 その後、福島からは「怒 福島」ののぼりと共に帰還の強制への怒りの訴えが、沖縄からは「市東農地を守る会・沖縄」の金治明事務局長の辺野古の闘いの報告があり、「若狭の原発を考える会」のメッセージが読み上げられるなど、多くの仲間の発言の後、市内デモに出ました。

 皆さん、「コロナショックで世の中変わろうとしている」(萩原さん)「市東さんの闘いが世界を変える」(弁護団)との発言のとおり、今世界は歴史の曲がり角にあります。安倍腐敗内閣を引き継いだ菅(冷徹)内閣との新たな闘いと共に、市東さんの農地を守り抜き、第三滑走路阻止を闘い続けましょう。

 余談ですが・・・

 久しぶりに新幹線に乗ったのですが、がらがらの車内に驚いたのと、テロップで流れていた新聞各社のニュースが全く無くなっており、企業のCMばかりになっていました。JRもこの間大幅な赤字で、少しでも経費削減を考えているのでしょうが、まさに「焼け石に水」と感じました。

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                               (尼崎・伊丹三里塚実行委員会 弥永修)

 

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2020年7月17日 (金)

新ヤグラ裁判 法廷報告(7月16日)

 7月16日、千葉地裁で「新ヤグラ裁判」の法廷が開かれ、結審になりそうだというので、私は関西から駆け付けた。この裁判はあまり傍聴してこなかったこともあり、裁判の進行状況、経過についてはあまり知らない。

 ただ、市東孝雄さんの農地などを「成田空港の完成」(国策)を理由に強奪する意図で行われた農地法裁判で東京高裁判決が確定したものの、現在、請求異議裁判の控訴審が争われており、それがこの9月2日に結審するという重大な局面にある。この裁判で、市東孝雄さんの南台の農地と、ご自宅前の天神峰の農地と作業場、離れなどを強奪することが目論まれている。しかし、そのうちの天神峰の農地などには三里塚反対同盟所有の大看板やヤグラなどが存在し、「農地強奪」の「邪魔」になっている。その撤去を空港会社NAAが求めて始められたのが、この新ヤグラ裁判だ。

 反対同盟と弁護団は、この現下のコロナ情勢の中で、ほかの三里塚に係る裁判がすべて9月以降に延期されているのに、なぜこの新ヤグラ裁判を強行し「結審」するというのか疑問を呈していた。また、そのコロナ情勢の中で成田空港の利用が急激に低下し、貨物以外の国内線も含めてほとんどない状態にある。そのためNAAは、第2滑走路の使用を現在中断している。この最中、先日6月25日に市東さんのところに泊めていただいたが、ほんとに静かなものである。コロナ禍により世界の航空会社の破綻が続いている現状の中で、これまで言われてきた成田空港の未来図(第3滑走路も含め)が、大きく変わらざるを得ないのではないのか、「作られてきた需要」と言われてきた問題が問われるべきではないのかと、実証すべき新しい論点が生まれていることによる裁判の継続を反対同盟と弁護団は求めていた。

 こうした要請に対し、この春、東京高裁に移動した内田裁判長が、千葉地裁で新しい裁判官が赴任している(耕作権裁判は、内田裁判著から新しい本田裁判長に代わっている)にもかかわらず、東京高裁から出張ってきて結審を行おうとするのは問題がある。

 こうした論点が反対同盟と弁護団から千葉地裁に示されていたにもかかわらず、この日、内田裁判長が指揮して結審が強行されようとしていたのだ(私は遠く関西から推測するしかなく、裁判資料もないので、正確に欠ける点があることはお許しください)。

 やむなく弁護団は、内田裁判長の忌避を申し立てることになるだろうとは思っていた。

 66名の法廷に、わずか27名の傍聴という裁判所の指示にやむなく従いながら、開廷予定の1時半少し前に法廷の傍聴席についた。NAAの代理人と3人の裁判官は着席しているが、弁護団席は空っぽ。

 傍聴席から直ちに、「とっとと東京に帰れ!」「法廷に入る資格なんてない」「最も悪玉だ!農民殺しをするのか!」と様々な野次と怒号が傍聴席から。裁判長は沈黙し、上を向くだけだ。この状態が55分も続いたころ、弁護団が入廷し直ちに裁判長を糾弾した。裁判長は「忌避を簡易却下する」と宣言。弁護団は「簡易却下など法律のどこの条文にもない」と弾劾を続けた。本来、忌避は裁判所の別の部に申し立て、その部が判断するのが普通だ。何を揉めているのかと聞いていると、内田の所属していた以外の部に忌避を申し立てたが、それが千葉地裁の中で内田が属していた第2部に所管が移されたようなのだ。「忌避が行われる」のを予想していた千葉地裁が、先にそういう手を打ったのだ。忌避された当該の裁判長が判断するという事態だ。よく法廷の中で突然の忌避が行われた時に、その裁判長が却下するのは経験しているが、何か変だ!

 後の報告会で弁護団から、先にこの内田の移動をめぐる経緯がおかしいのではないのかと最高裁に申し入れようとしたが、最高裁が門前払いをして、弁護団を裁判所の中にも入れようともしなかったのだ。ということは、この千葉地裁の忌避をめぐる経緯を含め、千葉地裁、東京高裁、最高裁一体となって、この新ヤグラ裁判の結審、判決の流れを前提として動いていたのだ。こんな裁判所の在り方が許されていいのか!

 我慢に我慢を重ねながら、弁護団は、最終意見陳述に触れながら、先に述べた第2滑走路の封鎖という事態、コロナ禍による世界的な航空業界の破綻という事態をあらためて問題とするために、審理を継続し、専門家の意見陳述などを行うよう求めた。しかし、それらに聞く耳を持たない姿勢を貫こうとする裁判長に対して、再度、弁護団から裁判官忌避の怒りの要求が出された。それに対して内田裁判長は、なんと「裁判の長期化を目的としたものですから却下します」と開き直り閉廷を宣言した。

 怒った傍聴席からの怒号は凄まじいものとなった。その中で太郎良さんなど3人が傍聴席の最前列に出て、裁判長への怒りの弾劾を行った。廷吏がその前にずらっと並ぶ。呆然とする内田裁判長に、廷吏の一人が近づき、「退廷命令」を要請した。それで気を取り直した内田裁判長から退廷命令が出され、3人は法廷外に連れ出された。しかし、それは内田裁判長が閉廷を宣言した後ではなかったかと思う。なおも続く、弁護団、傍聴席からの弾劾と裁判の継続を求める声を聞きもせず、3人の裁判官は逃げるように法廷から出て行った!

 

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2020年3月12日 (木)

3・29成田集会へ

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 新型コロナウィルスで世の中が大騒ぎになっている3月1日、大阪市内で「3・1三里塚のいまを語る」と題した集会が予定通り開催されました。副題は「-今も続く成田空港建設のための農地とりあげ-こんな非道を許してたまるか」でした。
    50名余りが集まる
 当日電車で大阪梅田に着くと、つい最近までは大きなキャリーバックを持った中国をはじめとするアジアからの旅行客であふれかえっていましたが、この日は彼らの姿はほとんど見られませんでした。またとても日曜日の昼下がりの繁華街の風景とは思えないほど閑散としていました。ゲストの反対同盟市東孝雄さんの話でも新幹線の乗客も本当に少なかったとのことでした。そんなことでいったい何人の人が参加できるのかと心配しましたが、マスクをした人が次々と現れ、50名余りの集会となりました。
    関生弾圧に反撃を
 司会は「大阪の海と空を戦争に使わせない会」の長澤さんが務めました。彼女はいつも落ち着いた口調でとても聞きやすく、所属組合の港合同のイベントでも司会役が指定席になっています。
関西実の松原さんの主催者あいさつに続き3名の方から連帯のあいさつをいただきました。
 部落解放同盟全国連荒本支部の池本書記長は「ここ10年程は三里塚への組織的動員がかなわず代表参加にとどまっていたがこの3・29は全力で闘いたい」との表明がありました。
 そして次に今、常軌を逸した不当弾圧を受け続けている全日本建設運輸連帯労組関西地区生コン支部(略称・関生)の西山執行委員からは、労働法にのっとり労組としての普通の行為を「犯罪」とされている、まさに「憲法28条停止」状態にあるとの報告がありました。また裁判過程において「労働法は知らない」と平然と言い放つ裁判官がいたり、共和国(北朝鮮)訪問申請を「逃亡のおそれ」という人権無視の「理由」で却下されたとの発言には会場から驚きの声が上がりました。まさに安倍腐敗政治を象徴する警察権力と裁判所による不当極まる弾圧で
す。私たち一人ひとりの問題として捉え、反撃していきましょう。
 最後に「若狭の原発を考える会」の木原さんは原発事故から9年が経過した今日、老朽化した原発は動かしてはならないことを強調し「5・17一万人大集会へ結集しよう」と訴えました。そして「原発全廃だけでなく、大地と水と空気と光を守り、農業を復権させ、人間らしく生きられる社会を」と結びました。
 各戦線で闘い続ける3名の方の発言は参加者一同で共有できる内容だったのではないでしょうか。とりわけ関生支援は喫緊の課題だと感じました。
      成田は別?
 そしてゲストのお一人目はちょうど一年前に来ていただいた反対同盟顧問弁護団の大口昭彦弁護士です。大口さんは神戸出身なので全国集会ではいつも「関西なまりの標準語」での発言でとても親しみを感じています。

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 まず今現地で闘われている5つの裁判それぞれの現況報告があり、その中でも今は請求異議控訴審の早期結審策動との闘いが重要であると訴えられました。三里塚の裁判は「裁判に勝って判決で負ける」(故北原事務局長の言葉)と言われる通り、一般の法解釈は通用しない現実があり、大口弁護士も知り合いの裁判官からいつも「成田は別」と聞かされているとのことでした。(現在の関生も同じか)
 しかしどんなに不利な状況でも敗北主義はいけない、どんな時も全力で闘うこと、市東農地をめぐる闘いでは(政治的テクニックなどではなく)誠実に農業を実践している市東さんの人間性を突き付けて闘うことが大切で、伊方原発での差し止め判決など勝利する可能性もあることを信じて追求すべきだと語りました。
 その他安倍の農業破壊政策(農業の資本化)や天皇代替わりの政治利用(市民民主主義→臣民民主主義)そして第三滑走路計画(新たな農地強奪と騒音問題)など各方面の情勢を分析した後、「やはり請求異議裁判に勝利することが最大の目標」と結びました。
      これからも安全な野菜作りを
 そして当該の市東孝雄さんは「収用委員会が頓挫して(実家へ)帰ってきて20年が経ちました。そして15年間地代を地主でない人に払ってきました。(空港公団や空港会社の)デタラメなやり方は50年何も変わっていません」と語り、続けて「(市東さんが)不法耕作をしている」と派手に新聞に掲載させておいて、それが誤りだと判っても謝罪にもこないと空港会社を改めて弾劾しました。

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 そして30枚程のスライド上映では、昨年の台風15号の被害状況や市東さんの農作業や楽しそうな芋ほり大会の様子などを説明し「私は空港に反対するだけでなく農業もちゃんとやってます。土地を取り上げられたら陸に上がったカッパです。これからも(あの地で)安全な野菜を作り皆さんに届けます」と変わらぬ決意を示しました。
     裁判闘争から3・29へ
 「産直でいつも美味しい野菜をありがとうございます」というお礼の言葉や種子法廃止の影響などの質問が続き、最後に関西実の安藤さんのまとめで集会を終えました。
 その後約20名で近くの居酒屋に移りお待ちかねの交流会となりました。
 皆さん、安倍政権の底なしの腐敗政治を絶対許さず、新型コロナウィルスに冷静に対応しつつ、3・18、25、27と続く裁判闘争へそして3・29全国闘争へ駆けつけましょう。
 (尼崎・伊丹実行委員会『抵抗の旗』第305号より転載)

【追記】文中で訴えられている3・18新ヤグラ裁判、3・25、27請求異議裁判控訴審は、いずれも「新型コロナウィルス」を理由に、延期されました。3月内には三里塚の裁判はありません。

 

 

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2020年3月 3日 (火)

「3・1三里塚のいまを語る」集会が開かれる

一昨日、3月1日、「コロナウィルス騒ぎ」の中で、三里塚から市東孝雄さん、反対同盟顧問弁護団の大口昭彦弁護士を招いて、「3・1三里塚のいまを語る -今も続く成田空港建設のための農地取り上げ- こんな非道を許してたまるか」集会が、エルおおさかで開かれました。

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 集会には、部落解放同盟全国連合会、全日建連帯労組関西生コン支部、若狭の原発を考える会の皆さんも参加いただき、それぞれの目下の厳しい闘いの報告と三里塚を共に闘う連帯の挨拶が語られました。

 2031_20200303113101 大口さんから市東さんの農地をめぐる請求異議裁判控訴審が結審を迎えようとしている中でのその闘いの意義が明らかにされた。また大口さんは新ヤグラ裁判、耕作権裁判、第3誘導路裁判、団結街道裁判などいずれも市東さんの農地に係る他の裁判の状況を説明された上で、関西生コン支部への弾圧とその裁判を語りながら、私たちが今三里塚で直面している闘いを位置付けられた。最後に第3滑走路問題にも触れ、成田空港を2倍化するその攻撃の理不尽さを語られた。

 2031 市東さんからは、現実の農地などの様子の30枚余りのスライドを説明しながら、「農地は私のいのちです」という持論をあらためて明らかにされた。そして産直交流会などの様子を通して、生産者と消費者が結ぶ農のありかたを語られた。そして3月29日の全国集会への参加を呼びかけられた。

 参加者からの質疑にお二人が答えられ、事務局から安藤さんが閉会の挨拶をして、50人余りが参加した集会を終えました。集会後、近くの会場で、若狭の原発を考える会、関西生コン支部の参加もあり、短い時間でしたが市東さん、大口さんを交えた和やかな交流会が行われました。

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2020年1月23日 (木)

新ヤグラ裁判傍聴報告 (1月22日)

 

新ヤグラ裁判の傍聴を一日中。法廷では、萩原さん、市東さん、太郎良さん、そして1980年代から反対同盟の法対部の事務局だった元次さんの証人尋問が、目いっぱい午後5時まで行われた。それぞれが市東さんの農地問題に係る様々な問題を、自らの闘いの歴史を踏まえながら語られた。私も知らないことが多々あり、断片的な知識であったことが繋がり、それはそれで面白かった。

 そこからが大変だった。先に(Facebookで)報告した請求異議裁判の裁判長同様に、本件の石田裁判長は、年度内の決着を図ろうと必死の訴訟指揮を進めてきた。しかし、その判断基準は確定判決がすでに出ている農地裁判、千葉地裁のあの多見谷判決に枠組みとして根拠を置こうとする。耕作権裁判で明らかにされているように、それは空港会社による偽証や、農地法違反など、空港会社、国交省、国が成田空港建設を国策として推し進めてきたペテンが放置され、当然のように農民から農地を取り上げることへの基本的な事実確認が欠け、農林省(当時)の指摘をも無視した法の運用に間違いがあるなどの指摘に基づいた弁護団の必死の闘いが裁判長に対して繰り広げられた。空港会社(当時は空港公団)が小作をしていた市東さんに隠したまま(これ自体が農地法違反)農地の取得をしたとされる1988年当時の経緯を基礎的事実関係として明らかにしていくために、敵性証人として浅子元用地部長などを証人として採用するよう弁護団は強く主張した。石田裁判長は、言を左右させながら、年度内に結審したいということと、それを通して国の非が暴かれることを避けたいと、正に自らの裁判官としての個人的利害に固執して頑なに弁護団の要求をはねのけ、裁判の進行は裁判官の裁量だと、敵性証人の採用を拒否し、130日の口頭弁論での、こちらから用意していた内藤証人や石原証人などの証言を確認するにとどまった。この議論に一時間をついやし、石田裁判長は、年度内結審の方針を貫いた。

 

 そこには法の下での公正な論議が破壊され、裁判所の「あるべき姿」が放棄された、「これがこの国の裁判だ」と怒りが込み上げてきた。請求異議裁判控訴審の闘いとともに、注目しよう!

 

 (松原のFacebookに掲載された報告を若干修正して。なお、終わっての報告会に時間がなく参加することができなかったため、正確を欠く恐れはありますが、ご了解ください。)

 

 

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