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2012年6月24日 (日)

6・22三里塚沖縄集会に70名

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 6月22日、沖縄・那覇の船員会館で昨年に引き続いて「市東さんの農地を守る沖縄の会」と三里塚反対同盟共催で、「6・22三里塚沖縄集会」が70名の参加を得て、開催されました。

 集会は宮城さんの三線で始められ、続いて、この1月7日に亡くなられた鈴木謙太郎さんを偲んで黙祷をした後、昨年のこの集会で挨拶された謙太郎さんの映像と、今年の3・25三里塚全国総決起集会での加代子さんの挨拶の映像が流されました。

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 主催者を代表して知花昌一さんが、三里塚47年、沖縄67年、復帰40年の闘いを超える民衆の闘いはないのではないかとされた。その上で、2010年5月28日日米合意を第4の琉球処分とし、第3の処分以降、沖縄の闘いが多くの勝利を積み重ねながら力をつけてきたとし、譲ることのできない闘いとしてある。そして民衆の徹底した闘いとして三里塚があり、負けずに今ある。この闘いを沖縄でもできるんじゃないか。第4の琉球処分のその時に、三里塚と沖縄の連帯が勝ち取られていることの意義を明らかにされた。
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 市東孝雄さんと萩原富夫さんが登壇。「基地も原発も政府のことばはすべて嘘です」と始められた市東さんは、三里塚の裁判の現状、とりわけ現在進んでいる農地裁判での証人のデタラメさを弾劾し、「これからは私もどんどん法廷で意見を言っていきたい」と決意を語られた。そして国、空港会社、裁判所一体となった裁判長の早期結審策動を「腹の立つことばかりだ」と批判し、空港会社の証拠偽造などを明らかにされた。さらに第3誘導路などの工事攻撃の現状を明らかにし、裁判と共に来春重大な局面を迎えることを訴えられた。そして7・8現地闘争と裁判を千葉市内で訴えを広げて、広範な陣形を築いていきたい。12622_4その中から、沖縄・福島との連帯をさらに強め、TPPに反対していきたいと。
 萩原富夫さんは、集会前にオスプレイ配備反対で普天間基地の前で座り込みをしている現場を訪れ交流し、励まされたことを明らかにされた上で、裁判で農地を取り上げるという国の攻撃の悪辣さを批判し、沖縄との交流の大切さを感謝の想いを交えながら訴えられました。
 連帯の挨拶が、三里塚関西実行委員会の永井満代表世話人、市東さんの会から柏市議の内田ひろきさん、福島からの果樹農家・大内孝さんからのメッセージの代読、12622_5そしていわき市の小野賢二さんの緊急報告が行われました。
 永井さんは、淡路での空港反対の闘いにはじまる三里塚の闘いとのつながり、そして岩山大鉄塔をめぐる経緯の中での関西実行委員会結成(1977年)の経過を明らかにされた上で、自らの「日の丸裁判」などの関わりから始まる沖縄とのつながり、一昨年の県民集会での感動などを語られました。そしてこの間の沖縄の怒りと闘いへの共感を明らかにした上で、「人民が力を合わせ、一体となって闘えば必ず勝てる」と想いを述べられました。
 続いて、沖縄からの闘いの報告。高江でのオスプレイ・ヘリパット建設阻止を第1ゲートで座り込みを続けながら闘っておられる佐久間さん、12622_6辺野古新基地建設阻止行動の先頭で闘っておられる安次富さん、オスプレイの普天間配備に反対し座り込みを続けておられる高橋さんです。
 高橋さんは先日の普天間で闘いとられた6・17市民集会5200名の報告をされた。その上で、オスプレイの危険が沖縄だけでなく日本全土、そしてアジア全域に及ぶということ。さらに兵士を消耗品のように考える米軍の現状を明らかにされた。そして3千名を超える裁判闘争が準備されていることと、オスプレイ阻止行動を妨害するために米軍が座り込みのために設置されていたトイレを台風の中で盗んでいった犯罪を明らかんされ、12622_7それとの闘いという形で座り込みが継続され、今日も激しく戦っている中で反対同盟との交流が十分にできなかったと報告された。
 最後に、「市東さんの農地を守る沖縄の会」の共同代表である安次富浩さんが再登場され、東アジアの平和を民衆のつながりで作り上げていきたい。そして来年もこの集会を開けるように、沖縄の中で闘いをもっともっと強固に作り上げていこうと呼びかけられた。オスプレイ配備を断念させ、中止させ、年末の辺野古のアセスをぶっとばそうと呼びかけ、これからも三里塚と沖縄、闘いの現場で繋がっていきましょうとまとめられ、集会を終えました。
 集会のあと、場所を変え熱い交流が続きました。集会が30分延長され、交流会は予定を1時間も超えて遅くまで続けられました。これぞ、「沖縄時間」ですね。

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 翌日は6月23日、沖縄戦集結の慰霊の日。私たちは、野田首相の訪沖、慰霊式典出席に抗議する摩文仁平和祈念公園での闘いに参加しました。右写真の右から3人目が山本先生。弾圧する警察権力に猛然と突っ込んで行かれる92歳の先生を、慌てて少し後ろに下がっていただきました。この頃、反対同盟と市東さんの会のみなさんは、知花昌一さんの案内でちびチリガマなど読谷をまわられていました。

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 そして私たちや反対同盟は、魂魄の塔がある場所で、「第29回国際反戦沖縄集会」に参加。約400人の人々が日がてり始めた猛暑の中、反戦への想いを込めて集まられました。与那国への自衛隊配備の問題や、首里の第32軍説明板の文言削除問題、靖国合祀ガッティンナラン沖縄訴訟(左写真。左が「市東さんの農地を守る沖縄の会」共同代表の金城実さん)、高江ヘリパット建設阻止の闘い、泡瀬干潟を守る連絡会の闘い、「命の雫」裁判の闘いなどが次々と報告されました。
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 沖縄戦の歴史を語り継ごうとする沖縄のみなさんの想いが溢れているのを何よりも強く印象させられました。
 この集会の恒例となっている大城しんやさんの歌でしめられ、集会を終えました。

 反対同盟や、沖縄のみなさんにご挨拶し、一路、那覇空港へと急ぎました。那覇空港で、永井さん、山本さんなど同行した6人で満たされた想いと新たな決意を抱きながら、乾杯。山本先生がほんとにお元気に楽しそうにしておられたのに感銘。
 関西の他の人々は、それぞれに沖縄に残られ、見学や座り込みなどに行かれました。

 
 

 

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