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2012年3月20日 (火)

市東さんを迎え、3・18三里塚関西集会が成功

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 3月18日、「裁判による農地強奪を許さない 第3誘導路建設阻止 三里塚・沖縄・福島を結んで 3・25三里塚現地へ 3・18三里塚関西集会」が大阪市立中央会館に120名が参加して熱気のうちに開かれました。

 集会に先立って、「福島から子供たちがやってきた」にはじまる「市東さんの会」が昨年末作成したDVD『「“ナリタ”国策はばむ農地」―市東さんの闘い2011』を上映しました。機械の具合で音声が小さかったのが残念!

 集会は、安藤眞一関実事務局次長の司会ではじまりました。

 先ず、メッセージの紹介です。「市東さんの農地を守る沖縄の会」(「12.3.18沖縄の会メッセージ.pdf」をダウンロード )と服部良一衆議院議員(「12.3.18服部良一さんメッセージ.pdf」をダウンロード )からいただきました。この日、沖縄の会からあらためてメールで、『前日の17日、関西などの在特会10人ほどが辺野古のテントを襲撃し「テントを撤去しろ」と30分ほど騒いで帰った』と報告があったことが紹介され、驚きと緊張が。

 12318_3 連帯の挨拶として、部落解放同盟全国連合会の木邨秀幸中央執行委員です。 木邨さんはまず市東さんの闘いを、反対同盟との血盟にかけて支援し闘い抜くことを明らかにされ、3・25全国集会に全力で取り組むことを明らかにされました。その上で、4月7日、8日第21回全国大会を開催することを明らかにされ、参集を呼びかけられました。同時に狭山第3次再審闘争が重大な局面を迎えていることを明らかにされ、最後にFさんへの不当弾圧を弾劾され、共に戦うことを明らかにされました。

 続いて弾圧が強行されているFさんの救援を取り組んでいる「Fさん救援会」(詳しくはhttp://blog.goo.ne.jp/freefrkwをご覧ください)より事件の経過と、この日の集会で先日(逮捕直前の19日~23日)の福島訪問を報告する予定だったFさん自身の獄中からの力強いメッセージ(『未来』掲載予定)が紹介されました。12318f 趙博さん、ハルマゲンさんお二人のプロのミュージシャンが同行され、三里塚の野菜を満載して福島の田村市、南相馬市の仮設を訪れた素晴らしい演奏をまじえた交流、飯館村への訪問などが彼独特の筆致で語られます。最後に福島と関西の強い絆を語り、長期の弾圧にも動じることなく完黙で戦い抜くという挨拶で終わっていました。何と、国家権力は、この日勾留の期限が切れ、検察の延長要求を大阪地裁が却下する中で、起訴を強行したのです。本当に許されません。そして、彼が介護してきた多くの重度の「障害者」のみなさんのことが心配です。

 ここで所用で遅れておられた永井満関西実行委員会代表世話人が駆けつけ、主催者の挨拶をされました。

12318_4  永井さんは先ずFさんへの不当な弾圧が、福島を三里塚が支援する、その一端を担った故の弾圧であると弾劾されました。そして自らが2月27日家宅捜査を受けたことを批判されました。そして市東さんが土にやさしく触れながら苗を植えておられる姿に感動したと語られ、70年、71年の闘いでの戸村委員長の闘いなどを紹介されながら、市東さん、大口さんのお話し(報告)に勇気をいただき、力をいただき、3・25全力で現地に駆けつけようと訴えられました。

 ここでこの日のメインである市東孝雄さん(三里塚芝山連合空港反対同盟・農民)の登場です。この日は、「大阪の海と空を戦争に使わせない会」の長澤民衣さんが聞き手になって対談です。長澤さんは、めっちゃ、緊張。

 12318_5 冒頭、市東さんは「ちょっと恥ずかしい」と、長澤さんは「ドキドキしますね」で始まりました(全文を再録する予定です)。最初に市東さんご自身のFさんとのお付き合いの中からの想いを語られながら、現地での攻防に触れられ、「厳しい一年だったが、やり方がね。『国策』だからというなら堂々とやればいいのに、泥棒みたいだ。やっていることに正義性がないからだ」と。また現状について「30万回というけれどそんな様子はない。アジア系の人たちが特に減っている」と。12318_6 そして『国策』に逆らうものは見せしめだと、団結街道の閉鎖や第3誘導路の動きだと批判されました。そして裁判について、農地法裁判が4月から証人尋問に貼っていくことに触れられ、「裁判所自体が空港(国)といっしょ、負けたくないという思いだ」と語られました。3・11福島での集会に参加された感想と「結婚できないのだろうか」と娘さんが語られていることを紹介しながら怒りを表明されました。そして3・25三里塚現地への決起を呼びかけられました。

 関西新空港反対明石住民の会の高木節二さんからカンパの訴えがありました。(5万2794円のカンパ、ありがとうございました。)

 続いて、メインのもう一つ、反対同盟顧問弁護団を代表して大口昭彦弁護士から三里塚裁判闘争の報告が1時間近くにわたって行われました。

 大口さんは6つの裁判(細かくは8つになります)を、間違った行政処分が国策として行われることへの取り消し訴訟と、農地などを取り上げようとする民事の裁判とまとめられた上で、詳しくそれぞれについて説明されました。12318_7 そして農地法裁判などで、そもそも根拠とすべきどこの農地をめぐって争っているのか定かになっていないことと、しかも空港会社によってその「根拠」とされる故市東東市さん(孝雄さんのお父さん)が書いたとされる「確認書」が偽造されたものだと核心的なものが破綻していることを弾劾されました。そして、当面、行政訴訟・農地法裁判で4月24日から開始される証人尋問が決定的に重要になっていることを指摘した上で、その4月24日、当時北延伸を決定した国交省成田空港課長(当時)であった石指雅啓(現海上保安庁第5管区海上保安部長)の証人尋問を、空港会社側の要請で裁判所が「ビデオリンク方式」で行おうとしている事実を明らかにし、「切羽詰った緊急事態にある」とその重大性を訴えられました。

 その上で、大口さんは3点の「訴訟問題に顕れた三里塚闘争の現局面」と、6点の「課題」について詳しく指摘されました(そのレジメは、「12.3.18大口弁護士のまとめ.pdf」をダウンロード)。そして最後に、経産省前のテントの闘いの重要性を、「みんなの力で死守しよう」と訴えられ終わられました。

 ここで司会が松原事務局次長に代わって、最後はリレートークです。先ず、イラク戦争など反戦の映像を作っている「マブイ・シネコーポ」のKさんから、「初めての参加ですが」とその活動の紹介と映画界の案内がされました。

 続いて尼崎・伊丹実行委員会のYさんから、鈴木さんのところでの援農の思い出を語りから亡くなられた謙太郎さんへの想いを語られました。援農と産直野菜の購入を呼びかけられました。

 風をおこす女の会から、「隠し球の新人」のOさんが登場です。辺野古に基地を絶対に作らせない大阪行動の活動の中からの想いを語られました。「心の中の棘」として40数年、三里塚に行っていないことがあったと。百姓の娘として一番好きな臭いは「堆肥の臭い」だと。昨年秋、初めて三里塚の集会に参加したが、畑に靴のままどかどか入るのには抵抗があった。しかし、そこでしか集会ができないと知った。素晴らしい、温かい土でした。少しづつ「棘」が取れていき、素晴らしい想いをもてました。沖縄の戦いは家族ぐるみの戦いです。いつのまにか沖縄と福島と三里塚が結びついていました。どうしたら私のこととして、「沖縄に基地を押し付けているのは私なんだ」とみなさんにわかってもらえるのかと頑張っていきますと。(素晴らしい挨拶でした。)

 同じく同会のMさんから橋下体制と闘うために茨木の市長選挙への協力が呼びかけられました。

 全ての発言の最後に「宝塚保養キャンプ実行委員会」のI さんから、3月24日から30日まで福島の子どもたちを呼ぼうという取り組みへの協力が呼びかけられました(詳しくは「12.3.24宝塚保養キャンプ.pdf」をダウンロード   )。

 最後に、「3・25三里塚現地へ決起しよう」と団結ガンバロウを全体で唱和して集会を終えました。

 なお司会の不手際で、まとめの挨拶をいただく予定だった山本善偉関実世話人を飛ばしてしまい本当に申し訳ありませんでした。お詫びします。

 

 

 

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