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2011年12月 2日 (金)

沖縄に行って

111127

 昨日の当ブログに報告した29日の高江での闘いを含め、26日にこちらを出発し、30日まで沖縄に行ってきました。書籍情報社出版の『沖縄・米軍基地ガイド -本土の人間は知らないが、沖縄の人はみんな知っていること-』(2011年6月発行 須田慎太郎写真、矢部宏治文、前泊博盛監修。一読をお薦めします)を読んで、一度、米軍基地の74%が0.6%の国土・沖縄に集中している現場を実感してみたいと思っていました。111128 そこへ知人のMさんから、「誰か4、5日沖縄を案内してくれないだろうか」と相談を受け、「それなら僕が」と即決。ただ、直前になって高江のヘリパッド建設の工事を沖縄防衛局が再開してきて闘いが始まった最中でしたので、現地の要請次第で高江での座り込み阻止行動に参加するという前提で行きました。

 そんなわけで、28日は「来るようだ」との前日の情報で雨の中を座り込んだものの結局空振り、午後からは地元のKさんの案内で辺野古の街の現状を詳しく説明していただき、夜は、たまたま名護市民会館で「第46回琉球古典芸能祭」があるというので、チケットをいただき、4時間に及ぶ琉球舞踊の様々(15も)と三線や沖縄箏曲などの演奏を楽しみました。そこでは知花盛康さんご夫婦や「市東さんを守る沖縄の会」の宮城さんとの交流もできました。 高江から辺野古に向かう途中では、慶佐次(げさし)の日本最大のマングローブの森を案内していただきました。111128_3 ここは天然記念物として保護しながら、以前からタイやフィリッピンなどで日本がマングローブの森を破壊し、エビなどの養殖をやっていたりしていることなど悪どいことをやっていることを知っていたものの、そのマングローブというのが実感がつかめず、大浦湾にあることを知っていたのですが、何ども来ながらその場所を訪れることができず、2年越しの願いが実現したわけです。

 29日は、昨日の報告にあるようなことになりました。

 111127_2 さて初日の27日は日曜でしたので、防衛局は動かないのが解っていましたので、安心して基地回りと観光です。

 まず、那覇の北側にあるアジア最大の兵站基地キャンプキンザーに行きました。FM沖縄(元米軍極東放送)の前にある第5ゲート(右写真)から58号線に沿って延々と倉庫が並びます。流通基地といっても巨大なものです。

 そこから嘉数高台公園から普天間基地を望みました(最初の写真)。日曜ですので動きは全くありません。111127_3 そして2004年に米軍ヘリが墜落した沖縄国際大学へ。基地のフェンスがすぐそばにあります。ちょうど大学祭が始まる直前でした。それから佐喜眞美術館へ行き、丸木夫妻の絵「沖縄戦」「チビチリガマ」などを観ました。もともと基地の中(北の端)の位置にありますので、屋上にあがってここからの普天間基地を観ました。屋上は6月23日(慰霊の日)の夕陽に向かうように構造ができているそうで、一風変わった構造になっています。

 そこからキャンプフォスター、キャンプレスターの横を通って嘉手納基地へ。111127_4 「道の駅かでな」が定番。4000メートル滑走路というのはでっかすぎて写真にはいりません(関空でもそうですが)。基地のフェンスに沿って「猫の額」のように畑が作られています(右写真)。以前読んだ本に、自分の畑や家が基地の中にあるので、自然とその近くの基地のヘリに畑を作っていったと書かれていたことを思い出しながら見ていました。日曜には訓練がありませんの本当に静かですが・・・。

 111127_6 そこから読谷の方はMさんも以前行っておられるので、東海岸の与勝半島の方へ。 まずは「護佐丸・阿麻和利の乱」という琉球王朝の統一に抗して闘った勝連城跡に。写真の石垣の上にさらに城蹟があり、半ば息切れ。やっとの思いで最上段から中城湾の対岸にある泡瀬通信基地を一望。米海軍唯一の通信基地としてアジアにおける第7艦隊の交信をはじめ米海軍すべての通信業務を担当しています。

 111127_7 次はホワイトビーチ。平敷屋公園というところから一望出来ますと案内されているのですが、カーナビにはなく、小さな村の中の細い道をうろうろしながらやっとたどり着きました。残念ながら、写真にあるように船影はまったくなく、がっかり。昨年末の日米合同演習の折には、自衛艦もここに結集し、さながら沖縄戦の時のようだったとブログ上に出ていました。ただ、この岸壁からは弾薬などの陸揚げができないそうです。また原子力潜水艦が頻繁に入港しており、沖縄にも「原発」はあるのだと沖縄の人が言っておられたのを思い出しました。

 それから海兵隊の司令部があるキャンプコートニーへ。近づいて見れるものはなく、横を走るだけで、天願桟橋へ。111127_8 すぐそばの海岸から観ることができます。勝連城跡から見たときには船影はなかったのですが、行くと2隻の輸送船でしょうか、何かをしています。ここが沖縄で唯一、弾薬を下ろせる岸壁なのです。ここから辺野古弾薬庫は近く、巨大な辺野古新基地は港の能力も持ち、海兵隊の出撃拠点として考えられていることは明らかです。普天間基地の「移設」などではないのです。

 111127_9 ここからは実弾射撃訓練が毎日のように行われているキャンプハンセンを右手に見ながら、本島を横断し、西海岸の恩納村へ。「命身にかきて米軍演習許ちならん」と村ぐるみの闘いで特殊部隊訓練場建設を阻止した現場を見たいと思い、行きました。結局は日曜ですので役場も休みで、沖縄の観光地である万座毛(まんざも・右写真)を観ることにしかなりませんでしたが。地元の人々が大切にしている恩納岳を今回の旅行では何度も観る機会がありました。

 そこから名護市内を通ってもう一度東海岸の方へ。111127_10 キャンプシュワブの横を通って辺野古の座り込みテントです。辺野古へは、昨年の県知事選以来ですので、基地との境目にあったバラ線が取り払われて、コンクリートのフェンスに変わっているのですが、これは初めて観ます。強い風に吹かれて、写真のようにリボンがきれいになびいていました。

 最後に関西から来ているTさんを訪ねてこの日の行程を終えました。

 今回の沖縄での4日間は、何か目的があったというほどのものではないのですが、結果的には貴重な経験と、ほんとに楽しい交流が沖縄の皆さんとできました。お世話いただいたみなさん。本当にありがとうございました。

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