« マスコミの大罪 | トップページ | 新たな段階を迎えた三里塚闘争 »

2011年8月16日 (火)

8・15平和のための市民の集い

11815ohp

 昨日、戦争を起こさせない市民の会が主催して恒例の「平和のための市民の集い」が開かれました。「なにゆえに憲法は揺らぐのか」と題した神戸大学名誉教授の浦部法穂さんの講演と、「フクシマ原発事故の黙示するもの」と題した元京都大学原子炉実験所講師の小林圭二さんの講演です。こんな大きなテーマの講演を2つもどうするのだろうと初めから不安に。案の定、3時間半に及ぶ、それも時間がなくなって「小林さんへの質疑は、あとの交流会で」というウルトラなものでした。あ~しんど。しかし、面白かったです。

 浦部さんは、「揺らぐのか」という主催者が付けた演題を「なぜ根付かなかったか」だと修正されて話しを始められました。11815 詳しくは省略しますが、「この憲法を敵視する勢力がずっと政権の座にあった」経緯と、「護憲」を掲げたのが「社会主義・共産主義を目指す勢力であった」ことによって「さしあたり護憲」という事態が生まれたと話された。浦部さんの話しを初めて聞く私には、何となく新鮮に聞こえた。戦後の豊かさの中で「「護憲」論は左翼的な一般的でない議論だ」という意識が広まり、「「護憲」論は国民一般の意識からは浮き上がった議論として遠ざけられることにならざるを得なかった」として「根付かなかった」根拠を示されました。

 豊かな社会の中で「平和や自由に価値を見出す市民層」が生まれ「個別課題に取り組む市民運動」を発展させたとした上で、それを「組織化する主体が必要なのだ」が、「セクト主義から抜け出せない左翼勢力が無残な衰退を遂げて」主体となれなかったと。そして「個人主義を基本としてこそ憲法は実現可能」としながら、経済第一主義に慣らされ「集団主義社会。個人の主体よりも集団の協調を重視する。その点は右も左も同じ」と一刀両断。それが今日まで「護憲」が「根付かなかった」現実を生んだとされたのです。

 聴きながら徐々に苛立ちが。「個別課題に取り組む市民運動」が生まれたことを評価しながら、確かに「組織化する主体」がまだまだ生まれきってはいないというものの、それを「左翼勢力」一般に解消し、紆余曲折を経ながらではあれ、戦後66年の中で、今日のフクシマの事態やオキナワのうねりに象徴される市民、大衆のありようをそれとして評価できないまま、客観主義的に「個人主義と集団主義」といった二分法に自らの視点を置いて「評論」しているだけなのではないのかという疑問を持ちました。そして、この「根付かない」状況の中で苦闘する市民・大衆に対し、「護憲」論を「理論的に確立する」ことを抽象的に提起するにとどめるのではなく、具体的に憲法学者として歩んでこられた今の局面での想いと提起が聞きたかったのです。いろいろ聞きたかったのですが、後の予定とかで退席され、残念でした。

 小林さんは「黙示することはできませんが」と切り出された上で、「核と原子力と使い分けられてきたものが同一のものであったことが、今回のフクシマの事故によって明示された」と話しを始められました。11815_2 「安全神話」と「経済(安価)神話」にお墨付きを与えてきたのはことごとく最高裁判所であり、そのひとりひとりの裁判官の責任が問われなければならないと。放射線の説明(最初の写真)から、放射線障害の説明(分類)をされた上で、推進側が「晩発障害があたかもないかのような大宣伝をやっている」と福島県のアドバイザー山下長崎大学教授などを厳しく批判されました。「我々自身がこういう人間を告発して闘っていかなければならない」と。そして小さい子どもたちへの「発ガンの効果が大人とは全然違う」と被爆の影響についても。そして「核と人類は共存できない」ことが今回の事故であらためて示されるだろうと。

 「放射性物質(死の灰)を外に出さなければいいじゃないか」という推進側の主張を、具体的に原発の仕組みや放射性物質が放出される仕組みなどをくわしく図を示し説明しながら、今回のフクシマで起こったことを説明され批判されました。そしてチェルノブイリとフクシマの汚染の状況の地図を示しながら国の避難指針の後手後手にまわった無様さとデタラメさを厳しく批判されました。

 「5重の壁」と言われるものが崩壊した上で、まだ放射性物質が出たのは詳しくは分からないが、直感的には数パーセントに過ぎないだろうとされました。「それだけでもこれほどの大事態になっている」と。欧米では1979年のスリーマイル事故以降、「5重の壁」は壊れるものだとして安全対策が講じられたが、日本はそれを否定したままだと厳しく批判されました。そして東電や政府の「想定外」という論拠を、田中三彦さんの指摘などを紹介しながら詳しく批判されました。「これまで世界が経験した原発事故すべてを経験しなければ日本はわからない」、「それほど酷い」と。1999年のJCO事故を例に挙げ、世界では「臨界事故を繰り返しながらその経験によってどうすれば事故が起こらないか」が確立されたにもかかわらず、日本は設計段階の審査からそれを見落とし起こらないはずの、技術的に避けられる事故が起こったのだと、日本の原発をめぐる体制のひどさを明らかにされました。

 そして人ごとのように開き直っている東電や財界、政府の様子を見ると、また必ず深刻な事故が起こるのは確実だと警鐘を鳴らされ、すべての原発の即時停止しかないと訴えられました。

 最後に、国と東電が行程表に従って進めることにある意味で面子をかけているが、必ずそこでは無理をしている。そして財界が早くしろと圧力をかけ、被災者が早く帰りたいという二重の圧力の下で、強い放射線下にある現場の作業をしている労働者の被曝が深刻な事態になっているのではないかということを恐れるし重大な問題だ、現場の作業員の命を削るようなことは決してやってはならない、急いではならない、現場の労働者を守らなければならないと指摘をされました。

 そしてまとめとして、どこに燃料があるのか、どこに穴があいているのか、何も分からない中で本当に冷温停止がありうるのか、余談は全く許されないことと、今重要な問題とされている汚染された土地の除染はまずできない、多くの土地が放棄されざるを得ない。細野事故担当相が「県外に持っていく」と放言していることに対し、「一体どこへ持っていくのだ」と批判され、事態の深刻さに向き合っていないと弾劾され、2時間近くにわたる講演を終えられました。

|

« マスコミの大罪 | トップページ | 新たな段階を迎えた三里塚闘争 »

「たたかいの報告」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« マスコミの大罪 | トップページ | 新たな段階を迎えた三里塚闘争 »