天神峰現闘本部破壊攻撃を弾劾する!
空港会社NAAと国家権力は、昨日、卑劣にも「裁判所の決定に従って」と夜陰に乗じた天神峰現闘本部の破壊攻撃を強行しました。先日、当ブログでも明らかにしましたが(http://kanjitsu-sanrizuka.cocolog-nifty.com/blog/2011/08/post-3bb1.html)、この攻撃は不当・違法であり、国家の名においてその違法の「証拠隠滅」を図るというとんでもない代物です。上の写真は前日の5日の本部とその前の市東さんの畑でのモロヘイヤの収穫作業です。 右写真は、同じ前日に市東さん宅前の監視台から見た本部ですが、写真左手の土盛の下の草むらの中に黄色いものが、中央にクレーンの本体の後部が、そして右手草むらには赤いものが見えます(写真はいずれもクリックしていただけると大きくなります)。これは、巨大なクレーン(左下写真)を分解してすでに運び込んでいたのです。このコソコソと隠れてやるやり方自体に、国家権力の「不法」への自覚と三里塚闘争の爆発への恐怖が物語られています。
昨日、午前3時半ごろ「開始された」という一報に飛び起きた私たちは現場、本部北側に接する市東さんの南台の畑に駆けつけました。すでに市東さんが仁王立ちしておられました。マスコミが多数、私たちよりも早く現場に。「なんで?」と思う。上記の巨大なクレーンが組み立てられ、フェンスの上のアクリル板で防御された監視台を3ヶ所も作っています。現地支援連による抗議と弾劾のシュプレヒコールが絶え間なく行われています。4時半ごろ、私たちが居るのと反対側で破壊が開始されたのか破壊音とユンボがチラリと見えました。反対同盟のみなさんが次々と駆けつけられます。5時過ぎには北原事務局長も。
2台のユンボによる破壊攻撃が延々と続けられています(右写真は午前6時ころ)。6時頃には、南側の上の方半分くらいが取り壊されたのでしょうか。
来られてから記者会見が始まった10時半までずっと先頭で終始仁王立ちしておられた北原事務局長が、結集した仲間と集まったマスコミに語りかけるように天神峰現闘本部の1966年建てられて以来の歴史を振り返られ、 成田治安法による封鎖の中でのご自身の闘いなどを振り返りながら、三里塚闘争45年の歴史の中での天神峰現闘本部が持つ意義を語られました。そして裁判の中で現場を責任をもって案内するからと現場検証を幾度も訴えたにもかかわらず、裁判所がこの最大の裁判の争点を一顧だにせず無視してきた違法を弾劾されました。その諄々と静かに語られる一言一言に、45年のたたかいの歴史への想いと自負、そしてまた再び眼前で繰り広げられる不当極まる国家暴力への怒りが染みとおるように私たちに感じられました。
9時頃には現闘本部の建物は完全に私たちの視野から消えました。しかし、この時点で、まだ強固に作られた2階以下の部分に手こずって、さらに2時間以上にわたって破壊攻撃が続けられました。
10時半からは、畑中央部に設置されたテントのところで、反対同盟のみなさん全てが揃われて記者会見が行われました(右写真は、記者会見での萩原さんと市東さん)。
萩原さんが、「悔しい思いはあるが、国家権力の余りにも卑劣なあり方に、これは勝てるという思いを手にすることができた」と語られて記者会見が始められました。北原さんは「裁判官が法を破っている。証拠隠滅を国と裁判所がしている。何が真実か」と。駆けつけられた一瀬、長谷川、遠藤の顧問弁護団3人から、「正式に登記され地上権が設定されているものへの暴挙であり、憲法違反だ」「執行官に弁護士として面会を申し入れているのに会おうともせず、名も名乗らない『NAAの人間だ』という人物が『必要ない』とこちらの要請をすべて拒否すること自体違法であり、
法治国家として自殺行為だ」「債務者(反対同盟)の立ち会いを求めることなく強行された強制執行は許されない」などと不当性が明らかにされました。その間も、本部の前のフェンス傍では抗議と弾劾のシュプレヒコールが続けられています。7時間を超える闘いです。8・6ヒロシマに多くの人々が駆けつけていることを狙った攻撃をはね返し、少数ですが断固としてやりぬかれ、国家権力に怒りを思い知らせ、震え上がらせるに十分でした。
それから全体で市東さんのお宅の作業場に移動し、総括集会が開かれました。司会をされた萩原さんから、「夜になったら怒りがこみ上げてくるんだろうが、その悔しさを数十倍にして返してやろう」とまず提起が行われました。北原さんからは「我々は勝っているんだ。追い込んだんだ」と。動労千葉からは後藤さんが、関西実行委から私が挨拶をしました。弁護団3人からそれぞれ挨拶がありました。遠藤さんから「いくつもの強制執行に立ち会ってきたが、執行官というのは基本的に土、日は仕事をしないし、普通の日でも午前10時以降でないと拒否してくる。にもかかわらず、土曜日の午前3時に行われるというのは、やはり国策を掲げた三里塚だからだ」との指摘がありました。「ほんとに居たんだろうか」との声も。
最後に現地支援連の4党派から発言があった後、萩原さんから「これからの焦点は、農地法裁判を軸にした市東さんの農地を守っていくことだ。8月30日の裁判にまず全力で取り組んで欲しい」という提起を受けて終わりました。陽が出るまでは気になりませんでしたが、陽が昇った7時前ぐらいからは暑さがひどく、本当にご苦労様でした。
最後に、大手マスコミはほとんどが3時には現場に駆けつけています。そして4日、5日には突然の現地取材をやってきました。これは明らかに権力情報を獲得していたからでしょう。しかし、彼らは「8日かな?」というデマ情報を平然と私たちに流し、6日を隠し続けました。ここに、3・11以来の国、東電の「安全情報」を垂れ流してきたマスコミと同じ国策ゆえに国家権力べったりのマスコミの許し難い惨状があります。しかも、情報を垂れ流しながら、そのマスコミを一人としてフェンスの中(右上写真)の現場に入れようとはしなかった国家権力の姿に、現闘本部の中に登記された木造建築が現存し、それを一体として破壊が強行された証拠隠滅の現場をマスコミに掴まれたくなかった意図が余りにも如実に示されていることに、その破綻した哀れな国家というものの姿を私たちは確信しました。
萩原さんが言われたように、「悔しい思いの中でも、これは勝てるという思いを手にすることができた」ということだと思います。それは、勝利感溢れた総括集会の雰囲気にも示されました。
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コメント
チケットやホテルがキャンセルできず、ヒロシマに行きました。その朝にブログで撤去が始まったことを知りました。マスコミが来ているって、国がリークしたの?と、いぶかしく思いました。ヒロシマに行く新幹線の電光掲示板ニュースで撤去が報じられました。でも家に帰って朝日新聞を見ても、どこにも出てない。友だちから、「新聞で見ました。撤去されましたね!許しがたい」とメールがあり、神戸新聞には載っていることを知りました。
市東さんへの圧力が増したということだと思います。しかし市東さんは農業を絶対やり通す。南台の畑を手放したりしない。私たちがどれだけ共に闘えるかですね。「耕す者に権利あり」という真理を市東さんが貫けるように、私たちができること。農地法裁判傍聴?他は?
闘いは始まったばかり。気を引き締めて。
投稿: でっかい | 2011年8月 8日 (月) 05時16分