マスコミの大罪
すでに当ブログで報告していますが、8月6日、夜陰に乗じて国家権力による天神峰現闘本部の破壊が強行されました。「来たよ!」の声にたたき起こされたのが午前3時過ぎ。慌てて身繕いをして飛び出し、最初の車に乗せてもらって市東さんのところに着いたのが4時前。そこからは監視台に登らないと何もわかりません。市東さんも現場に行っているということで、車に乗り直して、南台の畑に。畑の入口には機動隊が沢山いましたが、見ているだけ。現場についてすぐ撮ったのが最初の写真で、午前4時20分くらいでした。その時、最初に破壊の動きに気がついた解放派のみなさんはじめ私たちは20人たらずでした。ところが、報道関係者がそれと変わらずいるではありませんか。明らかに彼らは、権力による天神峰現闘本部破壊が3時過ぎから行われることを知っていて、そこにいたのです。後で分かったのですが、大手の各紙が朝刊の東京版で、「団結小屋、きょうにも撤去」と報じていたのです。そこには「強制執行に踏み切ることが5日、関係者の話で明らかになった」(毎日新聞)とあるではありませんか。
先立って4日、5日と、突然マスコミが現地に取材に入ってきました。「関係者の話」で来たに違いありません。ところが彼らは、その時、取材した反対同盟のみなさんや、近くにいた支援に「8日頃ではないですか」と言っていたのです。ですから、私もそれを聞いて8日まで現地に留まる予定に変更し、その準備をして5日の夜、寝たのです。マスコミは、「関係者」=警察か空港会社から情報をもらった時に、「6日」は聞いていたはずです。ですから4日、5日に突然現地に入り、6日当日、始まると同時に現場にいたのです。私たちよりも早く。ではなぜ、「8日頃」と言ったのでしょうか。「関係者」から、「6日は聞かなかったことにして、8日とでも言っておいてくれ」と言われたからではないでしょうか。それでなければ、わざわざ「8日」ということが何人ものマスコミから出るはずがありません。つまり、闘いの爆発を恐れる国家権力はデマをマスコミを使って流したのです。また、マスコミはその言われるままにデマを私たちに流したのです。
何ということことでしょうか。これが「大本営発表」でなくてなんでしょうか。
3・11以降、政府や原子力安全保安委の言うままに報道し、御用学者のみを登場させて「安全です」「心配いりません」と率先してデマを流し続けるテレビや新聞の報道に、うんざりしたこの5ヶ月ではなかったでしょうか。マスコミならば、原子力発電の問題について自らの手で、足で調べ報道するべきではないのかという怒りの批判が私たちの周りであふれかえりました。政府が、「チェルノブイリクラスの事態」と認めた4月、そして2ヶ月も経って初めてメルトダウンを認めた5月になって、ようやく原子力発電の問題を、放射能の問題を弱々しく報じたのではなかったでしょうか。それでも、子どもたちの環境を20ミリシーベルトという恐るべき基準で進める政府、文科省の動きを、そこでもただ無批判に伝えるだけでした。 内部被曝の問題や放射性廃棄物、あるいは現場の被曝労働者の問題を伝え始めたのは3ヶ月もたってからではなかったでしょうか。そんなことは自らの手で、足で調べれば、最初からわかったことではないでしょうか。
明らかに私たちの国のマスコミが、大きく変質し、国の、大企業の宣伝機関に転落してしまっていることを私たちは知らなければなりません。
8月6日、反対同盟は現場で10時半から記者会見を行いました(右写真)。しかし、残っていた報道機関は、それを聞きながら半分以下でした。大方のマスコミは、目の前から天神峰現闘本部が姿を消した午前9時頃には帰っていったのです。写真や映像を撮り終えたと。事実、どの新聞記事にも、記者会見、当事者の反対同盟の声は紹介されていませんでした。
戦前の自らの報道機関としての姿と変化を、朝日新聞が昨年まで連載で赤裸々に伝え、あたかも反省するかのポーズを、その「歴史検証」の中でとっていました。実は、そこへの回帰を自覚したが故の記事だったのかと想わざるをえません。いや、そういう時代になったと反面教師よろしく警告したかったとでも言うのでしょうか。
私たちは、この三里塚の闘い、「国策」をめぐる闘いに対するマスコミの姿を断じて許すことができません。まさに民主主義に歯向かう「大罪」を、それも意識的に犯している姿がそこにあります。何ということでしょうか。
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