« 市東さんの農地を守ろう (その1) | トップページ | 市東さんの農地を守ろう (その3) »

2011年8月24日 (水)

市東さんの農地を守ろう (その2)

086

 地番「41-9」問題

 空港会社NAAが、2003年、突然、市東さんの南台の農地と自宅前の作業場と離れ、農地がある天神峰の土地を地主から買収したことを明らかにし、耕作をやめ明け渡すよう求めてきました。親子3代、90年にわたって耕作してきた農地ですから、当然にも憲法、そして「耕す者に権利あり」とする農地法に保障された耕作権が存在し、市東さんは当然にもこの明け渡し要求を無視しました。ところが、空港会社は2006年7月、成田市農業委員会に対し、市東さんの耕作権を解除するよう申し立てを行い、十分な審査も現場を見ることもなく、成田市農業委員会は、申し立てを認め千葉県農業会議に申し送りました。千葉県農業会もまたほとんど審査もないまま「了」とし、千葉県知事堂本が、その年の9月に耕作権解除決定を承認したのです。Photo この経過と空港会社NAAの申し立て自体がもつ農地法違反、虚偽などの問題は別途に明らかにしたいと思います。

 しかし、何よりも前提となる南台の農地について申し立てされた畑の特定が、法務局の管理する公図とも全く違い(右図)、おまけにでたらめであることを成田市農業委員会の段階から反対同盟は明らかにし、農業委員会に、そして裁判所に現場を見ることを求めてきたのです。

 右の図の「41-9」と「41-8」を市東さんが借りているとしてその明け渡しを空港会社NAAは求めてきたのです。そしてその余の「41-1」 と彼らが称する部分の一部の市東さんによる耕作は、「不法耕作」だと断じて、明け渡しを求めて「耕作権裁判」を提訴しています。

 農地はもともと周囲の状況などで、耕作者の熱意によって自然と広がってくるものです。法律でもそのことを踏まえて、耕作者と地主との間に10年間にわたって何も問題が発生しなければ、そこに耕作権が発生することを認めています。親子3代にわたる耕作と、とりわけ1966年、成田闘争の開始以来周辺が徐々に耕作をやめていく中で、孝雄さんのお父さん東市さんは、「農地死守」の固い決意のもと耕作を広げ、それに見合った地代を地主に納め続けてこられました。市東孝雄さんもそれを引き継がれたのです。ですから、空港会社NAAが主張するような(右上図、右側)分離された農地などそもそも存在しないのです。

Photo_2  その上で、地番「41-9」と空港会社NAAが主張する部分ですが、少しわかりにくいですが左写真(クリックしていただくと大きくなり少しわかりやすいです)の手前の畑とフェンスの間にある雑草で覆われた部分が「41-9」です(右下写真にある雑草が繁った地面が「41-9」です)。フェンスのところまで元反対同盟副委員長の石橋政次氏宅があり(その南側の庭に天神峰現闘本部はあった)、フェンスあたりには高い植木がぎっしりと並んでいました。三里塚は風が強く、開拓農家のほとんどが、今も家の周りに防風のために高い植木を植えています。その北側にある「41-9」は木立の北側のため影になり農地にはもともと適さなかったのです。ですから、裁判でも石橋政次氏の妹さんが、「41-9」では石橋家で植木の苗などを育てていたと証言しています。つまり、写真にあるように現在はもちろんですが、市東家では90年にわたって「41-9」を農地として借りたことなどないし、耕したこともないのです。これは、空港会社NAA自身、空港公団(当時)が石橋氏との条件交渉をした時の図面を持っているはずで、そこには石橋家の借地として記載されているはずです。

 1186 反対同盟は、成田市農業委員会の時点ですでにこの問題を指摘し、現場を見るよう強く求めましたが、成田市農業委員会、千葉県農業会議は、この明らかな畑の特定の間違いへの指摘を無視し、「審理」を進めたのです。ここに大きな誤り、犯罪の出発点があります。

 しかし、空港会社NAAは、両農業委員会(会議)が指摘を無視したことを前提に、そのまま明け渡しを求める裁判を提訴しました。これは明け渡しの前提となる畑の特定が間違ったままなのですから、裁判そのものが成り立たないはずなのです。しかし、国策裁判を進めようとする千葉地裁は、この重大な問題を無視したまま裁判を継続し、今回、この事実を切り捨て判決策動を進めようとしているということなのです。

 空港会社NAAは、当初、反対同盟弁護団からの指摘を無視し続けました。空港公団(当時)の石橋氏との交渉の図面の提出を求めましたが、それも拒否し続け、裁判所の訴訟指揮に頼り続けていました。しかし、反対同盟弁護団の激しい追求についに1年前、「41-9」は「使用されていない」ことは認めましたが、「借地」であることは維持しようと開き直りました。しかし、ついにそれも維持できず今年に入って「41-9」を訴訟から外すと言い出したのです。「41-9」を外すとは、明らかに畑の特定の間違いを認めるのかどうかの問題です。つまり裁判が維持できないのではないのかという問題なのです。

 ところが、それが明らかになったとたんに、千葉裁判・多見谷裁判長は立証を切り捨てて裁判を進めることをこの8月30日の口頭弁論で強行しようとしているのです。こんなことが許されるでしょうか。明らかになってきた裁判の核心とも言うべき事実を切り捨て裁判を終了させようとすることなど断じて許されません。5・20東京高裁井上裁判長による反動判決、国策裁判を上回る犯罪的所業といわざるをえません。裁判所という衣を着た国家犯罪です。こんなことがどうして許せるでしょうか。

 8月30日、千葉地裁に結集しよう!

|

« 市東さんの農地を守ろう (その1) | トップページ | 市東さんの農地を守ろう (その3) »

「三里塚」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 市東さんの農地を守ろう (その1) | トップページ | 市東さんの農地を守ろう (その3) »