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2011年1月18日 (火)

生きる権利・働く権利を保障せよ

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 一昨日16日、「生きる権利・働く権利を保障せよ 震災16周年 第30回 被災地反失業総行動集会」が、104名の結集で闘い取られました。

 集会は、関西合同労組の石川さんが司会をして進められました。まず冒頭、阪神淡路大震災によって犠牲となった人々と震災後に亡くなられた組合員さんを追悼して黙祷がおこなわれました。

 11116_6 被災地雇用と生活要求者組合の長谷川代表が主催者を代表してのあいさつ。この日の集会を「運動をし、寄り合い、譲り合い、助け合ってきた仲間の同窓会として盛り上げていきたい」とされた上で、「あの時は絶対に忘れるものではない」と振り返られ、「失業給付をまずやり、震災という人間関係の絆によって作り出してきた運動とがれきの中からの団結が、全国の人々を動かし、私たちを支えた」と。そして孤独死や借り上げ住宅問題をあげながら「長生きすれば長生きするほど苦しまなければならない今の世の中にふざけるんじゃないと言いたい」「働く権利、生きる権利を主張し闘い取ろう」と訴えられました。

 11116_7 連帯挨拶の最初に粟原神戸市議は、自ら会長を勤める港島中町の公団自治会で、県内最大の329戸の借り上げ住宅があることを明らかにされ、避難所から仮設住宅、そしてこの十数年でようやく落ち着いてた住民がまた追い出されるなどということは絶対に許されないとして、この闘いの先頭に立つ決意を明らかにされました。そして、今次統一地方選挙が、橋下大阪府知事や河村名古屋市長などによる議会をファッショの場所に変えようとする動きと対決した重要な闘いの機会となっていることを訴えられました。

 11116_8 続いて立った港合同南労会支部の石原さんは、元旦早々みぞれ交じりの和歌山・かつらぎ町での闘いを報告するとともに、20年にわたる医療法人南労会の執拗な不当労働行為、弾圧、大量の首切りや、多額の未払い賃金。さらには賃金の原資ともいうべき医療報酬の全額が三菱東京UFJ傘下のノンバンクに債権譲渡されるという違法行為が行われていることを明らかにされました。現在起こっている経営陣の権力争い、分裂騒ぎは、自分たちの闘いが追い詰めたからだとして、血も涙もない判決が続いているが、いろいろな闘いと連帯しておおきな運動を生み出す中から勝利していきたいと語られました。

 11116_9 連帯挨拶の最後に、部落解放同盟全国連書記長の中田さんが、まず震災を思い起こしながら「震災は平等でも、被害は弱い立場にあるものほど大きかった」とされ、この差別、自治体などの対応に対して主催者とともに闘っていくことを明らかにされました。そして狭山闘争にこの一年、大きな変化が、流れが始まったとされ、なんとしても石川一雄さんの無実を再審の中で明らかにしていきたいし、支援をお願いしたいと訴えられました。「検察の横暴、裁判所の真実を見ようとしないことを絶対に許さない」「『検察のデッチアゲ』が言われるが、狭山事件では当たり前のように行われてきたのだ」と糾弾されました。

 11116_10 ここで兵庫県被災者連絡会の河村さんから、「借り上げ住宅」問題についての特別報告が行われました。河村さんは、まず、全壊が18万戸、半壊が25万戸。その半壊のうち「今建て替えたらただやで」というのに乗せられて12万戸が解体。あわせて30万戸の住宅が無くなったことを明らかにされました。その上で、避難所に入った人だけ仮設住宅へ。仮設に入った人だけが復興住宅へという流れが強制され、しかも、仮設をどこに作るかについて被災者への相談は全くなく、また耳を貸さなかった行政。しかも、地域ごと、小学校校区ごとの移動などの提案も無視して、「弱い人から」という口実で、一棟に母子家庭だけとか、老人だけとかという風に管理し、そのために仮設の地域としての行動力が奪われた経過。さらには何の反省もなく復興住宅でも同じことが行われたなどの行政の姿勢に厳しい批判をされました。その上、30万戸の住宅に対し復興住宅は4万2千戸しかなく、しかも借り上げ住宅がその中で6733戸もあったのです。当時、20年の期限がつけられたことについて、神戸市当局は「期限というのは伸ばせばいいんだ」としていたにもかかわらず、今日、「そりゃないで」と出ていくことを求めているという現状を河村さんは暴露され、「これから攻めたてる」「この件については負けはない」と闘いの方向を示され、決意を語られました。

 11116_11 さあ、ここで今日のメイン。おおまきちまきさんとHALMA GENさん(はるまきちまき)のお2人の登場です。おおまきちまきさんの「アスファルトを掘り返せ」「われらのあいのうた」など9曲におよぶ唄、そしてHALMA GENさんのピアノ演奏、おおまきさんの語りを交えながらの1時間でしたが、冒頭の長谷川さんの「同窓会」にふさわしく、参加したみなさん一人一人、受け止め方は違うでしょうが、震災から16年の来し方を思い起こし、新たな暮らしと闘いに向けた貴重なひと時となったのではないでしょうか。

 11116_12 おおまきさんは、「あれから16年も経つんだ。みなさん、よく生き延びてこられました」と呼びかけて始められました。「あれだけしんどい中を、手をたずさえあって生きてきた経験があるというのは、だからこそ発信できるんじゃないか」「いろいろなつらさも、人の温かさも知ってる」「空港に代表される酷さも知ってるし、経験してきたことを活かして町を作っていこう」。そして毎年釜ヶ崎で歌っていますが、「お父さんの世代の人たちが寂しく住んでいる。『派遣切り』は今に始まったことじゃない。都合のいい時に働かされ、都合の悪い時に切られるというのは昔からあった。でも釜ヶ崎は元気でやさしい。いつも元気をもらって帰ってきます」「豊かさってなんだろう」。11116_13 昨年、(山口県の)祝島に行きました。「28年、原発に反対している。本当に何もない、質素な島です。でも島の人たちは、仲よくくらしていて、お金はいらない、ここで生活していきたいといわれます」「おばさんたちが『エイ、エイ、オー』とデモするけれど、とっても可愛い」。「空港とか原発とか、理不尽なことがいっぱいあるじゃないですか・・・」と。最後にご自身がかかわられた引きこもりのひとたちのことも。最後に「みあげてごらん 夜の星を」とその替え歌をみんなで合唱して終わりました。

 この日沖縄戦の体験者として上江洲(うえず)清さんが滋賀からお出でになるお話しをいただく予定でしたが、風邪をひかれてこられず、沖縄の問題はこの集会として一言欲しいということで、主催者を代表して東灘区住民の会の松原から訴えをしました。

 11116_14 フリートークとして、高槻医療労組の吉岡委員長、関西合同労組の野々村さん、NPO法人長田の「医療・介護相談」を代表して春本さん(元兵庫県スモンの会会長・右写真)、個人で須磨の守田基師子さん、そして被災地労働者企業組合(下写真)とNPO長田のみなさんがそれぞれ勢ぞろいして前に並び紹介されました。11116_15

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