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2010年8月 2日 (月)

市東さんの畑、フェンスによる囲い込み弾劾!

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 上の写真は、一昨日7月31日の緊急現地闘争のデモの解散地点である市東さんの南台の畑で、5日前の26日にコソ泥のように作られたフェンスを指差しながら挨拶をされる市東孝雄さん(後姿)です。10726

 この市東さんの畑をフェンスで取り囲む攻撃として26日に作られたフェンスは、右図の赤い線で示された畑の北側です。これで、6月26日の開拓道路の封鎖時に封鎖された天神峰現闘本部のところ(左下写真)とで、右(東)側の空港敷地のフェンス、下(南)側の天神峰現闘本部(石橋宅地跡)のフェンス、そして図の左(西)側のフェンスによって、市東さんの南台の畑は完全に囲い込まれたのです。

 10628 これで、市東さんはこの畑に来るには、旧小見川県道から左にそれて、ホテル東横インの前で120度も右に急折れして右折し(この場所の7月31日のデモの様子が、http://www.youtube.com/watch?v=NONbmOv1W6w&feature=youtu.be&aに映像で紹介されています)、小見川県道との交差点を行きすぎてさらに数百メートル行ったところにいわゆる「付け替え道路」が右に出てきます。空港の無駄遣いを象徴するような、機動隊のカマボコが何台も停まれる空き地を右側にもった舗装道路です。この日もカマボコのほかに私服車が何台も停まっていました。市東さんの自宅前の作業場から、車で2~3分(歩いて10分)で行けたところが、東横イン前のピンカーブや県道との交差点の信号で、10分、15分とかかります(近道を歩いても20分以上)。しかも、ピンカーブなどは、ホリデイインホテルの方向から県道に入ろうとする車が多く、大変危険です。10731_2

 右写真は、その畑への入り口です。右上の赤いマークの中に数人の機動隊員がいます。つまり、市東さんの畑を監視する監視台が、元石橋の敷地に作られているのです。「いったい何を監視するのだ!」と怒りがこみ上げてきました。

 第3誘導路建設は、市東さんを叩きだすという一点で建設が始められています。それを理由に強行された6・28団結街道閉鎖と、7・26フェンス囲い込みの攻撃は、ただただ市東さんへの脅しと営農破壊を意図したものでしかありません。こんなことが許せるでしょうか。

 しかし、最初の写真を見てください。7・26に新たに取り付けられたフェンスは、他の3方向の鉄板のフェンスと違います。見通せるフェンスです。このフェンスがあるのは、他には、東峰の島村さんの畑のところだけです。これは何を意味するでしょうか。「市東さんが条件交渉に応じて話し合いの席についてほしい」、そのために全面的に市東さんと対立をする形が取れなかったということではないでしょうか。つまり、市東さんがこの畑で営農を続ける限り、彼らがどんな姑息な、卑劣な攻撃をかけようが、暫定滑走路の「へ」の字問題は何一つ解決しないということを彼ら自体が熟知しているからです。ここに、「追い詰められているのは、NAAであり、国家権力の方だ」という核心があります。10731_3

 通行禁止の看板をNAAが違法に立てようとし、市東さんの必死の決起と不当逮捕という事態が起こった5月17日、この日に、国土交通省の「成長戦略会議」が最終答申を行い、「羽田・成田一体化」と「成田ハブ化」の行程表を発表しました。「2012年、27万回化」「2014年、30万回化」と。これは、12年第3誘導路供用開始、併せて「へ」の字問題の解消を前提としていることは明らかです。しかし、この南台の畑で市東さんが営農を続ける限り、こうした目論見は正に「絵に描いた餅」でしかありません。土地収用法という天下の悪法を失った彼らには、結局、市東さんに話し合いの席に着いてもらうしかないという自白が、この「見通せるフェンス」ではないでしょうか。(写真は、7月31日の市東さん。)

 市東さんは、この農地に正に仁王立ちしておられます。しかし、だからと言って、私たちが市東さんにぶら下がり、眺めているのは間違いです。10731_5 正に、沖縄で、基地撤去の沖縄の皆さんの闘いに、ヤマトとして「安保体制はいらない」と国民的論議を巻き起こして応えられるかどうかが問われているように、この市東さんの闘いを、全国に知らしめ、大きな怒りのうねりを組織していくことが、この市東さんの決起と反対同盟の44年にわたる闘いに応えることではないでしょうか。萩原進事務局次長が、「我々の構えによって闘いは決まる」と言われ、31日も、「朝からのデモ、昼からのデモ、暗くなってからも。女性だけのデモ。障害者だけのデモと、(全国集会の)10月を待つことなく、いろいろとやっていこうじゃないか」と訴えられたのもこのことを言わんとされたのだと思います。その前提として「三里塚の現地に立てばわかる」と訴えられながら。(右写真は、31日の萩原さん。)

 反対同盟の要請にこたえながら、現地を訪ね、監視台に上り、援農などを通して具体的に三里塚を知ろう!そして10・10全国闘争に総決起しよう!

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