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2009年12月 3日 (木)

11・12天神峰現闘本部裁判傍聴記

091112  千葉地裁(右側建物、白い部分が新庁舎)前を怒りのデモをする反対同盟を先頭にした隊列。

              尼崎・伊丹実行委 弥永 修

 私自身もあしかけ9年にわたり、原告として裁判闘争を経験し、他の裁判の傍聴にも何度も参加しましたが、こんな異常な体験は初めてでした。まさに人生観を変えられた傍聴でした。
 11月12日当日、午前9時から千葉中央公園において前段集会が持たれ、動労千葉の田中委員長、わが関実から山本世話人、そして駆けつけた仲間が次々と連帯の挨拶をされ、千葉地裁までデモ行進し、10時半から公判が始まりました。
 60席余りの傍聴席に対して倍以上の人が列をつくり、私自身は抽選に外れたものの「関実の枠」で入廷させていただきま
した。法廷には10名程の警備員が配置されており、事あらば「即退廷」の態勢で待ちかまえていました。

仲戸川を裁判官とは認めない
 Photo 裁判官入廷の際の「起立!」に傍聴席はほとんど座ったままでした。それはこの裁判における仲戸川裁判長のあまりに常軌を逸した訴訟指揮(詳しくは同盟ブログや関実ブログを参照してください)に対する反対同盟や支援者の怒りの表れでした。「反対同盟は仲戸川裁判長を公正な裁判官であるとは、到底認めることができない。この裁判長に厳正な裁判などまったく期待できない。反対同盟は仲戸川裁判長を弾劾するためにこの法廷に立っている。」(当日の北原事務局長陳述書より)
 さて公判が始まり、仲戸川裁判長が小さな声でしゃべり始めると早速傍聴席から「聞こえない、大きな声を出せ!」と声がかかりました。私は「うあ、退廷か」と思いましたが、警備員は「静かに」と弱々しく言うだけで、また仲戸川も知らん顔です。そしてその後仲戸川の発言の度に傍聴席から何人もの怒号が飛び交いましたが、最後まで誰一人として退廷させられることなく終わりました。仲戸川はおそらく、「どうせ今日が最終弁論だ。言いたいやつには言わせておけ」という開き直りと、もし「退廷」となれば傍聴席のほぼ全員を退廷させなければならず(禁止されているはずの拍手はほぼ全員がしていた)それはそれで大きな「事件」となり、この不当裁判が表ざたになるとまずいという卑劣な自己保身から恥も外聞も投げ捨てて「ピエロ」に徹していたのではないでしょうか。本当に怒りにたえません。

間際の訴状訂正
 091112_2 この日の最大の論点は、この場に及んで(反対同盟は認めていないが裁判所のいうところの結審過程)原告空港会社が明け渡し対象を従来の現闘本部に、そのそばにある便所や流し台などを加えて対象地を8・9坪も広げて「訴状訂正」を申し立ててきた点にあります。おそらく会社は「仮に本部そのものを撤去できても、そのそばにある施設は依然として反対同盟の所有物だと主張されるとまずい」とあわてて「訂正」してきたのでしょうがこんなもの「訂正」とはいえません。明らかに「変更」です。それに「当初の木造建物は解体され滅失した」という空港会社の一貫した主張を自ら反故にして、木造建物の和室などの床面積をその「訂正」の中に加えています。全くでたらめ極まりない「訂正」ではありませんか。一切は現場確認すれば文字通り「一目瞭然」なのですが、仲戸川は頑なに実施しようとはしません。「仲戸川を弾劾するために法廷に立つ」北原事務局長はじめ反対同盟の皆さんの怒りが本当によくわかりました。
 しかしその「訂正」を被告反対同盟が受け入れるとしても、訴訟内容が大きく変わったのですから、裁判は当然にもふりだしに戻らなければならないはずです。いや百歩譲ってでもその「訂正」部分の審理だけは引き続いて行わなければなりません。しかし仲戸川はその「訴状訂正」をすんなり受け入れ、被告側にはそれに反論する機会さえ与えず、結審を強行しようとするのです。「たとえば200万円の損害賠償を訴えている民事裁判が結審まぎわに300万円に変更されたら審理をいちからやり直すでしょう?」被告側弁護人がまるで子供を諭すように説明しても、仲戸川は筋違いな返事にならない返事をしていました。仲戸川はそんな明らかに会話として「かみ合わない」やりとりを意図的に何度も繰り返し話の本論をはぐらかしました。まるで大木こだま・ひびきの漫才のように話が突然ころころ変わるのです。怒声が飛び交うのも当然です。

一方的な判決日指定
 北原事務局長は用意した陳述書とは別に、まるで我が子に語りかけるように仲戸川に反対同盟の「心」を訴えましたが、「親の心子知らず」仲戸川は平然と「判決日は2月25日」と一方的に言いなし、法廷の中とは思えない怒号を背に逃げ帰りました。私は「これは裁判ではない、国家によるテロだ」と思いました。永井代表も眼前の警備員に「こんな事でいいのか、日本の将来はどうなる」と声をかけたら、黙って下を向いていたとのことでした。

いよいよ決戦のとき
 091112_3 引き続いて近くの会館で、法廷外で共に闘った仲間も合流して報告会が開かれました。各弁護士の皆さんからの経過報告のあと、動労千葉に続き永井代表が挨拶に立ち「裁判所はかって治安維持法を支えた。今日の仲戸川を見ていると再び日本を亡国に導くと感じた。71年(強制代執行)、90年(現闘本部封鎖)を思い起こして身体を張って本部撤去を阻止よう」と語り、最後に萩原事務局次長の力強いまとめでこの日の闘いを終えました。

 皆さん、私たちがかかわる裁判はほとんど相手が権力や行政そして大資本などです。従って並大抵のことではなかなか「勝訴」ということにはならない現実があります。しかし一応「裁判としてのかたち」は保証されています。しかしこの現闘本部裁判はそれすら保証されていません。そして来年の2月25日の判決は火を見るより明らかです。こんな不当な裁判で本部が撤去されるなど絶対に許せません。永井代表の決意に続き、この決戦のときを迎え、関西からも全力で現地結集を勝ち取り、撤去阻止を闘い抜きましょう。

        ―― 関実「実行委員会ニュース」第128号より
 

 

 

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