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2009年10月 5日 (月)

9・27三里塚関西集会 決意表明(その3)

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大阪の海と空を戦争に使わせない会  青木さん

 みなさん、どうも、今日は集会参加ご苦労様です。高槻に住んでる青木です。大阪の海と空を戦争に使わせない会というのは、このほど立ち上げたという紹介が今もありましたけれども、その経過というんですか、そのことと、どないすんねんというそのあたりをお話しさせていただきたいと思っております。

 先ほどから講演とか いろんな決意の中で、新しい時代が訪れていると感じます。人々が大きく力を合わせた時、闘いの展望がきっちりと切り開かれる、そういう風に思っています。何よりも、10月11日、三里塚の現地へ、市東さんの農地の取り上げを許さないために、全国から、関西から、大阪から駆け付けたいと思います。09927_2

 私自身は、三里塚は、先ほどの古河さんと同じ日が初めてかな、もうちょっと前かな、狭山闘争の現場から成田に赴き、歩いて夜中の三里塚現地にたどりついた覚えがあります。その日はビニールハウスで寝泊まりしました。(「同じ日です」と会場の古河さんから声)きっと、同じ9・16の前夜だったと思います。

 僕にとっては三里塚と沖縄と、そして狭山、これが闘いの自分のバネになる原点的なものがあります。もう一つはベトナム反戦運動です。そういう意味では、関実の先輩たちには、まだ申し訳ないですが若輩で、やっと60になったところです。山本先生などから見たら「若い」といわれると思います。

 7月の関実の淡路で開かれた研修会に「行ってみないか」と7月5日の三里塚の現地の行き帰りの中に言われました。初めて関実のみなさんの学習会に参加し、一緒に交流させて貰いました。関実運動に最初から旗のもとに結集して長かったんですが、関実の皆さんと一緒に飲み交わすなど初めてでした。それからたびたびお邪魔するようになりました。

 特に、研修会の時でしたが、永井さんが、関空(闘争)をどうするかと、当然、提案されました。「大阪の人間がやっぱり関空についてやらんとあかんのとちゃうんか」と言われてたように私は感じました。今も、国賀ブログとか、しょうもないものがあります。その中で許せないことは、この関実の多くの世話人さんを始めとした人たちが生み出した議員が、関空反対闘争の顔をしてきた議員が、永井代表や松原事務局次長に対して悪罵を投げつけているということについて、これは許せません。その責任を僕らはどこかできちっと取らないといけないという風に、うちうちですが腹の中で固めました。

 そのことを、研修会に参加していた大阪の仲間と意気投合して「やろうやないか」ということで、実は、弁天町の事務所で学習会をやろうということになり、関空について僕らは実はほとんど知らなかった。関空は泉佐野の闘いという風に思っていました。そういう所はあります。現地闘争があるときだけ行ってる。そういったことについておかしいと。もう一つは、神戸の皆さんが、明石の、そして淡路の皆さんが、関空闘争に赴くにあたって自分らの問題として関わっておられることを、初めてその交流の中で気がつかされました。

 永井さんは何回もおっしゃっておられたんですが、淡路の新空港の建設反対運動は、三里塚の反対運動に関わる前から自ら闘われてきて、関西の新国際空港反対運動を淡路からつぶして、神戸や大阪湾岸のいろんなところを全部ぶっつぶしてやってきたんだと。そして最後の答申の中で関空の泉州沖の空港というのがあって、関空闘争というのは泉佐野から始まったんではなくって、淡路島から始まったということについて、「目からうろこ」という想いがありました。自分たちにとって三里塚が「わが闘い」であるように、関空闘争をわが闘いとして湾岸住民の方々みなさんが初めから自分が育てきた、責任を取ってきた闘いとしていらっしゃるんだということについて、深々と感じました。Photo

 そういったことを受けとめながら、私は高槻に住んでおります。ほかは、大阪市内に住んでいる方が多いです。勤めが大阪であったり。数人で学習会を始めたんですが、これから関空について自分らで学んで、自分らの力できちんと学んで、神戸、明石、淡路、東灘の皆さんの闘いから学んで、あるいは三里塚の闘いから学んで、やっていきたいと思っています。その中に大阪周辺の皆さんも、是非、気軽にご参加いただけるようにお願いしたいと思っています。

 関空そのものについてはそうですが、もうひとつ大阪湾の軍港化阻止闘争ということが毎年、実は10年以上、何年も続けられていると聞いています。僕らは参加したことがありません。それではあかんやろうと。関西空港と大阪湾の軍事使用に反対する、そういった意味で先ほど言いました「大阪の空と海を戦争に使わせない会」というのは、そういった意味で一つの旗印をあげようということです。自分たちの闘いの旗を掲げていきたいと思いますので、心ある方の参加を呼び掛けて発言としたいと思います。

 

 

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