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2008年10月14日 (火)

10・5三里塚全国闘争(6) 特別報告(2)

08105

特別報告(2)  関西新空港反対住民から

永井満 関実代表世話人

 ご紹介いただきました関西の住民、永井です。今日は、素晴らしい集会にともに参加することができた喜びで胸が一杯というところです。40年になりますが、淡路島に空港を建設しようということが起こって、ほぼ決戦というところで、反対同盟から北原さんがおいで下さって「国家権力と闘うというのはどういうことか」を教えて下さいました。そして、非妥協、不屈、不退転、絶対に反転しない、そういう闘い方が勝利の道だということを教えていただきました。そうして闘って、私たちは淡路島の空港建設を許しませんでした。空港建081005 設だけではなくて、東海岸の巨大石油基地の建設、それに島内を縦貫し四国と結ぶ新幹線計画、さらには火力発電所計画、こうしたことにも全力で闘って、多くの方々の応援を頂きながら闘い抜いて、これをことごとく潰すことができた。これも、反対同盟の闘いに連帯し、反対同盟の非妥協、不屈、不退転、一切の話し合い拒否というこのことを徹底的に、一番最初の段階から取り組めたということだったと思って、本当に感謝しております。今でも、そういうことがわからない住民が「お前たちが反対したから、淡路島は空港もできなかった、鉄道も来なかった、取り残された」などと愚かなことを言うのがありますけれども、しかし、淡路島は今も緑豊かな島として残っております。

 これは本当に、反対同盟と闘う皆さんのおかげと、私たちは感謝しておるわけですけれども、しかし、関西新空港計画は、残念ながらそれでは終わらなかった。淡路からは追い出しましたけれど、泉州沖に作られてしまった。残念ですけれども、今、私たちはこれを絶対に軍事基地化しない、許さないと、泉州の地元の住民の皆さんはもとより大阪湾沿岸住民団体、市民、労働者、学生、いろんな方たちと一緒になって闘っております。その土台は、関実を結成してから30年になりますけれども、その最初は反対同盟の闘い、そして今ご挨拶された動労千葉の闘い、一番その最初、中野洋書記長さんとお会いして、いろいろと交流し、また学ぶ中で、私たちも動労千葉のような闘いをしたい、という願いを持って、関実の大きな柱は、関西新空港反対、そして三里塚絶対反対ということとともに、動労千葉を絶対に支援しようことであります。ただいまの素晴らしい報告を聞いていても、本当に素晴らしい人たちだとあらためて感銘を持つとともに、こういう人たちこそ今の日本の状況を切り開いていく大きな力になるんだと。私たち住民も、この動労千葉のような闘いに学んで、また三里塚の方たちと同じような闘いをこれまで学んできましたが、これからも関西で、そしてこの現地で、そしてまた動労千葉の皆さんと一緒にこれからも闘い抜いていくんだ。

 今、市東さん、そして萩原さん、081005_2 鈴木さん、そういった方々、とりわけ市東さんの農地を取り上げようとする悪辣な策が弄されております。そしてそんな中から、天に・・・・法からも曲げて、あるいは裁判所すらが手先となって、市東さんの土地強奪をはじめとして、本当に理不尽、不当なことをやろうとしています。こういうことに対して、私たちは今、本当に三里塚の闘い、71年、72年、あるいはそれに引き続くあの闘い、それをもう一度やる覚悟で、「いざ鎌倉」というときにまた関西からも駆けつけるいう覚悟でおりますけれども、全国の三里塚に心を寄せる方々が本当に総決起して、・・・・・・を打ち砕く、実力でもって打ち砕くことを改めてもう一度新たに決意しなければならんと思っております。

 このあとで沖縄の知花さんも発言されますが、昨日夜、二人での交流をさせていただきまして、沖縄の闘いを本土に持ってくることも大事で、これをもっとやらなくちゃあならん。「お前らが本土でしっかり闘わんから沖縄がこんなことになっている」というおしかりを沖縄で受けたことがありました。けれども、それとともに本土の三里塚の闘いを、沖縄にもっともっと持っていきたい。沖縄の人々と一緒に三里塚も闘いたい。辺野古も闘いたい。やりましょうと言って握手させていただきました。これが本当に闘うものたちが、労働者も、市民も、農民も、一緒になって頑張っていく時代だと思っています。身体を張って闘う時代だと思っています。とにかく、頑張ろうと思っています。よろしくお願いします。

山本善偉 関実世話人

 永井さんが言いたい事を全部いわれましたんで、私なりにしばらく話させていただきます。やっと満88歳になりました。この歳まで、こうして闘いの仲間に入れることは何という幸せなことかと思っています。88でも、先ほど開会のあいさつをされた森田さんのことを081005_3 考えたらまだ嘴は黄色いです。

 森田さんもそうですが、私はこの前の戦争を経験してきた人間です。二度とあのような愚かしいことをやってはならないというのが、根本にあって、まもなく三里塚の支援、三里塚と知り合って32年になります。ですが、世の流れは、どんどんどんどん右傾化していく。もうこの政府には任しきれない。三里塚の闘い・・・・・・・でしたが、今日は萩原さんの非常の鮮明な勝利感に満ちた基調提起ですね。確かに、勝つカギは我々が持っているんです。本当に労農連帯、住民連帯、反戦平和、反核、反差別の砦は三里塚にある。これに連なって住民連帯をわれわれ必死になって闘わなければならない。目の前の市東さんの闘い、これを精一杯支えなければならない。私は、ここに立って勝利感に満ちております。みなさん。これから先、いくつもの闘いがありますが、来年の3月29日、もっともっとたくさん集まりましょう。みんなで日本の流れを変えましょう。

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