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2008年10月16日 (木)

10・5三里塚全国闘争(8) 沖縄現地からの報告

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 知花盛康さん  沖縄現地からの報告

 10年ぶりくらいですかね。今日は、立場をはっきりさせて話しをしたいと思います。私は、30年あまり前からずーっと農業をやってきました。沖縄で農業をしてきました。だからして、沖縄の農民、知花盛康という立場で。

 今日は、あろうことか県の農業委員会が、市東さんの土地を奪い農民をつぶそうとしている、そういうことに対して我慢ならないということで駆け付けてきました。繰り返して言いますと、私も読谷村のパラシュート降下演習をやっている飛行場の、その周辺で農耕している人々の署名を取って回ったことがあるんです。戸村さん健在のときに百万人署名運動というのがありましたね。私はあの時に読谷村の農耕している人々の現場に行って、農民から署名を取ってきました。それは農民が土地を失ってしまう、農地を失ってしまうと生きる術がないんだ、そういう立場で同じ農民たちに呼びかけて、たくさんの署名をもらってきました。この思いは今も変わりないんです。農民が現地で頑張らない限りこういう闘いもありえない。従って、この三里塚の闘いの大きな力として、やはり反対同盟の農民を一生懸命守っていくんだということにも大きな力を注ぐ必要があるんじゃないかと思っております。

 今日、私も沖縄で農業している中で、つくづく感じるのは、肥料代含めとにかく農業で使081005_2 う原料が倍ぐらいに跳ね上がっている。もう農業経営やって行けないくらいに高騰しています。そういう中で、みんな苦労しながら農業をしながらやっと食って行けるというような感じだと思うんです。そういうこともありまして、なんとしても市東さんの土地を奪われないように、あらゆるところに、農民とも呼びかけして、一緒に闘っていけるような取り組みを必要じゃないかなと考えております。

 沖縄のこの間の闘い、とりわけ1年になりますが、去年の9月29日の県民大会、11万5千人の結集した県民大会、あれはまぎれもなく教科書の歴史の改ざん、日本軍の強制のもとに集団自決があったのか、なかったのかいうことで、教科書問題が焦点化されましたけれど、これは、たとえば沖縄線を体験した生き残りの人々にしますとね、あっちでもあった、私たちも見たというようなのがゴロゴロ出てくる。そういう体験をした人々が、「今の世の中危ない」ということで、保守も革新もなく、みんなが立ち上がってきたんですね。このままだと本当に歴史を改ざんして、日本軍は集団自決を押し付けてないんだというようなことで、また再び同じような道をたどっていくという危機意識を、とりわけ体験した人々はもったと思うんです。ですから、あの時、11万5千の結集という場合に、体験者もおれば、労働者も当然頑張っておりますけれども、子供たち、小さい子供たちを含めて、4代の人々が結集したと思います。それは、沖縄は常に、戦後も、米軍の基地とともに生かされてきてるんですね。その中で、・・・・・・ひどい目にあってきて、その現状は今日においてもほとんど変わってないんです。

 ところが、さっき話しました去年の9月29日、11万5千の人々が、結集し、県民大会で反対の決議を揚げ、その後の流れの中で、県議選挙というのがありました。沖縄県の県会議員の選挙。その時に、いわゆる、この間、この間と言いますと太田知事以降、稲嶺、そして今日の知事が議会で保守県政というような形できておりますが、その保守県政の中で、「沖縄に基地を受け入れる」というような表明をしました。しかしさっき言いました最近の選挙の結果は革新が議席を上回ったんです。従って、今の知事は少数の与党になって、県議会での議決について、先ず辺野古の基地建設について反対決議をした。反対決議。さらに沖縄全体として基地は再編されようとしています。沖縄本島の中部から南の基地を撤去して、081005_3 ヤンバル方向に持っていくとか、あるいは・・・・・の1千名の兵隊の基地とかですね、いろいろありますが、全体としては中部から南にあるものをヤンバルの方に持っていくのだというようなことで、流れがあります。そういう中で、やはり、「もう沖縄には基地はいらない」んだと、「海外に移せ」というような形で県議会の多くの人々が要求しております。つい最近の話ですが、知事が訪米しようとするときに、その予算について、訪米について辺野古の問題をあいまいにしたまま行かさんということで、予算を取り付けないという取り組みが行われた。

 私が言いたいことは、人々が、民衆が立ち上がっていくならば、必ずどんなことであろうとも、ひっくり返して勝利を収めることができるんだと思います。まあ、古い話かもしれませんが、一つは読谷の闘争がそうです。恩納村の・・・・闘争もそうです。そしてP3Cアンテナ基地の・・・の闘争もそうです。人民が立ち上がり、体を張って闘ったところ、沖縄において勝利を生んでるんです。この闘いはまさに、この三里塚の飛行場、これがやはり軍事空港だという中で、沖縄の基地とともに、やはり戦争には使わせないという立場で運動を展開していくという中で、勝利できるんではないかと思っております。とりわけ沖縄の反基地闘争においても、みなさんが沖縄に駆け付けてきて共に闘っていく。対して、われわれ沖縄からも三里塚にきて共に闘う。こういう闘いを、私は沖縄に帰って、コツコツではありますが、頑張っていきたいと思います。

 市東さんの闘いについて、私は個人的にも「反対する会」の会員になりながら、一生懸命、共に闘っていきたいと思います。

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