« 三里塚援農報告(その4) | トップページ | 一カメラマンの三里塚取材記(6) »

2008年9月 1日 (月)

大学生B子さんの援農報告

08821  左の写真は、収穫前のごぼうを抜かせてもらうB子さん。左が萩原進さんです。大学生のB子さんから、「援農報告」が届きましたので掲載します(関実ニュース123号に掲載)。

 生きるための闘争

 高速道路をおりてすこしいくと歪んだひし形の頑強なトンネルが現れる。そこを抜けると市東さんの家がある。市東さんの畑は、それほど高くない白い鉄板のフェンス越しにかこまれている。踏み込めばぼっくらと足を飲み込んでいくよく肥えたやわらかな土も、そこに育つさまざまな色をした作物も間違いなくここが畑であることを示している。畑の茄子は不揃いでとげとげしく、素手で触れば白い細かなとげか皮膚に食い込む。じりじりと暑くなる太陽の下で新人の援農組みが軍手をしてこわごわと茄子をさわるなか、市東さんたちはなれた調子で素手のままひょいひょいと摘み取っていく。その取り立てて変わったところもない風景の中、鈍く空気をさく震えるように大きな音がして、フェンス越しに巨大な機体が現れる。何かの特撮映画を見ているように、畑のすぐそばを大きな飛行機がなんどもとおりすぎていく。
 『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』という映画を見たとき、わたしが覚えたのは気恥ずかしさだった。作品の中で若者たちは「革命!革命!」と恐れ気もなく声を上げる。現体制の打倒、社会の変革。彼らの主張の意味も重要性も理解はできる。だが私は大きな声でそれを叫ぶことができない。自由も平等も博愛も、そして世界平和すらも。わたしは声を大にして叫ぶことができない。小さくつぶやき、つぶやいたあとの自身の言葉のそらぞらしさにぞっとする。わたしは本当にそんなことを望んでいるのか。人に向けて主張するほどに自身のそのことばは重みがあるだろうか。わたしの日常とそれらの距離はとても遠い気がする。
 日本は平和な国だ。ほとんどの人間は飢えも貧困も衰弱もしらなくてすむ満ち足りた国だ。「平和」といったところで、これ以上何を求めたらいいのかもわからない。「自由」はもらったところでどう使っていいのかわからないから、いっそ重荷だ。「平等」や「博愛」なんて、容姿や知能に差がある以上世迷いごとだと知っている。生きるためにそれらを求める欲動を、昭和の終わりに生まれたわたしは知らない。物質的に希求すべきものがないなかで、人はゆるやかに周囲と断絶してく。分断してひとり宙をさまよう。「革命」も「社会変革」も自身とはかかわることのない遠い次元にある難解なものとしてただ通り抜けていく。
 わたしたちが到着する前日、萩原さんの家に三番目のお孫さんが生まれたそうだ。写真を見て、みなにこにこしている。先に生まれた4つぐらいのお孫さんが畑で「じーじ」と遊んでいた。小休止のとき、色白の丸いほっぺをしてきゃわきゃわとさわぎ、生まれたばかりの妹の写真を見て首をかしげる。ぼろぼろとおかしをこぼしても誰もヒステリックにとがめだてはしない。じーじもぱぱもばーばも現闘さんも穏やかに彼を囲んでいる。
 鈴木さんちのかよこさんがいう。「わたしたちはただ、生きていたいだけだ。」どこに行くにも覆面パトカーがついてきて監視される。嫌がらせを再三うける。わたしは活動家でもなんでもなくてただの農家のかあちゃんだ。そして先祖代々つづいてきたここで生きていたいだけだ。
 わたしは三里塚闘争が、新自由主義打倒であり、国家の変革であり、革命の勝利という構図でとらえられるとき、こころのどこかで一線を引く。そんな「大義」はおそろしい。そんな立派なものは、わたしにはつかみにくい。
 ただ、三里塚での営みが「生きるため」の闘争であるととらえるとき、わたしはやっと「三里塚」を自身の中に住まわせることができる。
 あまりに飛行機と近い合成写真のようなありえない風景のなかで、それでも朝起きて、働き、眠る。家族とあること、泣くこと笑うこと。非日常の中であえて日常を営み続けようとすること。国家のもたらす圧倒的な暴力の前に屈せず、生きることを放棄しない。理論も理屈も越えたうえでのもっとも根源的でもっともたくましい戦い方なのではないだろうか。

|

« 三里塚援農報告(その4) | トップページ | 一カメラマンの三里塚取材記(6) »

「たたかいの報告」カテゴリの記事

コメント

大学生B子さんの援農報告を読ませて頂きましたが、このB子さんは今まで何不自由なく、苦悩もなく、日常生活を過ごしてきたのかなと、ふと違和感を覚えました。
たとえば『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』でのギリギリまで自己改革(総括)に追い詰められ、自らを鞭打つ言葉として「革命!革命!」と声を上げている彼らの姿を、B子さんには、「気恥ずかしい」という一言で片付けられ、「ほとんどの人間は飢えも貧困も衰弱もしらなくてすむ満ち足りた国だ。」「「自由」は重荷だ」と言い切れるくらいに、日常に満ち足りている彼女が、それこそ何のために援農するのか、どこに戦う必要があるのか、疑問に思えてなりません。
賃金格差により日々の食事さえ困っている人、様々な差別や偏見により自分を見失う人、引きこもりや生きる気力さへ失った人など、そうした人々に身近に感じれば、この閉塞した日常を革命によって突き抜けたいと思う心の叫びに、B子さんのように「気恥ずかしさ」や「「大儀」がおそろしい」」などという他人事のような言葉は浮かんできません。
失礼な言い方かもしれませんが、B子さんが言う「理論も理屈も越えたうえでのもっとも根源的でもっともたくましい戦い方なのではないだろうか。」こそ、日常的に満ち足りたB子さんらしい、理屈っぽいスローガンに思えてなりません。

投稿: A | 2008年9月 4日 (木) 02時40分

B子さん、援農お疲れ様でした。Aさんはご立腹のようですが、私は援農を通じて
B子さんが三里塚闘争に触れられ、「国家のもたらす圧倒的な暴力の前に屈せず、生きることを放棄しない。理論も理屈も越えたうえでのもっとも根源的でもっともたくましい戦い」と理解されたことがとても良かったと思います。今後も三里塚闘争への理解とご支援をお願いします。10月5日の集会で会えるかな~?

投稿: ごろにゃん | 2008年9月17日 (水) 08時35分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 三里塚援農報告(その4) | トップページ | 一カメラマンの三里塚取材記(6) »