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2008年8月14日 (木)

市東さんの農地を守ろう!(2)

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 福田政権は、「2008骨太方針」の中で、「『強い農業構造』への転換に向け、農地の確保と徹底した有効利用、法人経営や新規参入の促進、多様な生産者の創意工夫の発揮、規模拡大等により農業経営を発揮させるとともに、農林水産物の輸出を促進する」と改革のポイントとして宣言しています。これは、06年に制定された「担い手新法」による農政を、さらに同じ時期に打ち出された「農政改革高木委員会・最終提言」に沿って改革しようというもので、政府の経済財政諮問会議で昨年、本間正義東大教授などによって叫ばれた「FTA、EPAによる新自由主義的政策によって食糧自給率は12%台に落ちてもかまわないんだ」とする農業破壊の攻撃以外の何物でもありません。

 それは、集積した農地での単一農作物の、農薬や化学肥料の大量投入による商業生産を目指し、「小規模農家は退場願う」と300万農家を、14万農家・農業企業体に絞り込もうとする農民切り捨て政策です。同時に、結果としての生産性の合わない農作物、農業からの撤退、耕作放棄の促進は、農地の有効利用(転用)による土地投機を生むことで、新たな経済活性化、利潤を追求しようとしているのです。そのために農地法の改悪、解体が目論まれています。しかも、こうした商業ベースでの大型農業の追及は、アメリカなどで既に現実の問題となっているように、農地の疲弊化を招き、狭隘な土地しかない日本では、壊滅的な農業破壊をひきおこすであろうことは確実です。

 こうしたことの対極にあるのが市東孝雄さんを先頭にした三里塚反対同盟の農業、営農への取り組みです。市東さんは、不法耕作でっち上げ裁判第一回公判(07年2月19日)で、次のように想いを法廷での陳述の中で語っておられます。

 「私は農業に誇りをもっています。生産者と消費者でつくる会の一員として、本格的な有Y4 機農業と産地直送を始めて以降、延べ3000軒以上の消費者宅に野菜を届けてきました。有機農業は、土作りがすべてです。畑を守るということは、土壌微生物が生息できる豊かな土を毎日の作業を通して作り続けることを言うのです。生殖異常や免疫異常を引き起こす殺虫剤、殺菌剤、除草剤などの農薬は決して使いません。この考えに基づいて畑は作られてきたのです。そうして作られた作物が、多くの人々の支えとなっていることに私は誇りを感じています。農地と農業はかけがえのないものであり、私たちの命です」

 政府が「担い手新法」で最低限とする規模は4ヘクタールです。市東孝雄さんが耕作しているのは、その半分にもなりません。「退場しろ」と言われているようなものです。しかし、その畑で、効率も無視して、年間50種類もの作物を作っています。作物によって、育つ期間も違います。また、輪作ができないだけでなく、次に何を植えたらいいのかも作物によって異なるようです。その工夫と努力は並大抵ではありません。しかも、そのことを通して、土を疲弊させるのではなく育てていくのですから。

 先日、洞爺湖サミットに抗議して札幌に集まった5千人の集会で、フィリッピンの農民の方が「農業は、小規模農家でなければできない」と、グローバリズムの下で進む農業の大規模化と少数のアグリビジネスによる世界の農業支配に怒りの声を上げておられました。

 日本の農業が、この狭い国土で世界から見ても最も豊かな農業として2千年も続けて来られたのは、土に向き合い、土を育ててきた家族経営を基盤とした農業生産のあり方にこそ支えられてきたのだと言われています。そして、消費者が送られてくる野菜で一年間の豊かな食生活ができるように、50種類もの作物を心がけるという、そこに込められた想いがあってこそこうした農業がありえたのです。

 こうした市東孝雄さんの農と土への熱い想いを踏みしだいて、福田政権が農地を強奪しようとするその攻撃は、正に、「2008骨太方針」が掲げた農業破壊を意図して、すべての農民、農業に先駆けて襲いかかっているのだと言っても過言ではないでしょう。

 穀物高騰、食糧高騰を背景に食糧自給率論議でようやく話題になり始めていますが、農業問題、食料問題は、労働者階級が生きていく上での賃金問題を含めた階級としての重大な問題です。今、「1億8千万円よりも、1本100円のおいしい大根を消費者に届けて喜んでもらいたい」と仁王立ちしている市東孝雄さんの闘いは、福田政権による農業破壊に対する農民階層の怒りを代弁するとともに、労働者階級の生活と闘いをも踏まえた闘いともなっているのです。この闘いを守り通すことなく、市東さんの農地を守ることなく、私たちに未来はありえません。

 その点では、「農民解放闘争としての三里塚闘争論は、理論として、農民の解放まで語ることのできない、『生きられなくなった農民』で終わってしまうもの」「市東さんの農地を守れるかどうかが総括軸ではない」などという論議があるようですが、以上述べさせていただいたことからみて、いかがなものかと思うのですが・・・・。(つづく)

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