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2008年6月21日 (土)

横堀

086111

 成田空港が、国策として43年もかかりながら半分も出来ていない動かぬ証拠の一つが、横堀の小屋。横風用滑走路(C滑走路)予定地のど真ん中にこの小屋と一坪共有地があり、その小屋にある鉄塔が空港敷地内に、厳然とそびえたっている。昨年12月初めに訪れた後、12月末から、鉄塔からのゲリラを防ぐためのフェンスの工事が行われていると報道。3月31日に訪れたが近づけない。「どうして?」と思っていた次第。

 鈴木加代子さんの発案で、11日の午前中の農作業が早く終わったので、現場がどうなっているか見に行こうと言うことに。何とか道不案内の人間ばかりながら、たどり着きガー08611 ドマン。止められるかと思いきや、「横堀の小屋に行く」というと、「どうぞ」とにこにこ。拍子抜けして進むと、何と・・・。右の写真、何だと思います。新しく作った誘導路の下を通って、横堀の小屋に行く道を、わざわざ巨額の金を投じて作ったのだ。東峰部落も、誘導路と滑走路に取り囲まれたら、こんな道路とフェンスで外の地域と隔絶するのだと思うと怒りがわいてくる。

 そして突然視界が開け、巨大な金網に囲まれた横堀の小屋が目の08611_2 前に。なんちゅうこっちゃ! 前回12月初めに来たとき、小屋の周りでコンクリートミキサーで何かを作っていたが、この巨大な金網の支柱を作っていたのだ。何という連中だ!

 どこから入るんだろうと探したら、入口が元のままに。勝手知ったる鍵をはずして中に。うろうろしているほかの人たちをしり目に、鉄塔に喜んで登った。最初の写真は、鉄塔から見た管制塔と第1ターミナルの方向です。第1、第2ターミナルいずれも、この小屋の方向はまったく見えなくなっているので、こうした建造物と、一坪共有地等の更地が空港のど真ん中に横たわっているのは、空港利用者の目には触れないようになっている。空港から見えなくても、こっちから見れば、この凄い状態が丸見えだ。第1ターミナルのさらに左手には木の根の一坪共有地と育苗ハウスが今も小さくここから見える。実は、20数年前に舗装を始めながら、この部分で分断されたC滑走路の使用を諦めた空港会社は、C滑走路南側を駐機場に使っている。第2ターミナルビルからその駐機場に行くには、じぐざぐになった誘導路を使わなければならず、航空会社から不評。所が、昨年、脱落した熱田一の息子が、この小屋のそばにあった田んぼを空港会社に貸した(将来、売却?)のだ08611_3 。それで、小屋周辺の大半が整地出来ることになって、誘導路を整備できることになって、喜んだ空港会社がこんな工事をしたのだ。それでもできあがった誘導路は、この小屋の前で曲がっている(わかりにくいですが、右写真)。

 いやぁ~、面白いですよ。「百聞は一見に如かず」という言葉は、此処のためにあるのではと思わず思ってしまう。こんなものが、日本の空の玄関のど真ん中にあり、2重のフェンスと巨大な金網を張り巡らし、しかも2か所もすぐ近くに作られた監視塔(左下写真)で、24時間の監視体制をとっている。誰も居ないのにですよ・・・。笑わずには居られない。

 三里塚の08611_4 現地調査をすると、三里塚が43年間、「不屈非妥協」に闘いぬき、国策を向こうに回して勝っていることが実感できる。ここはその最高の場所だ。成田空港巡りの観光スポットにしないかと思うくらいだ。左の写真は小屋の南側だが、一坪共有地が監視等の南に残っていることがわかる。その南に航空機が駐機場に向かっているが、その向こうに先ほど埜べた木の根の一坪共有地も遠望できる。

 みなさん、是非、現地を訪れてください。これを見たらいっぺんに元気が出るよ。

 下から2枚目(右側)の写真に、後ろ向きの像がありますが、1977年5月6日、だまし討ちで倒された岩山大鉄塔の中断に設置されていた金城実さんの作品「人間」(だったかな?)です。ここに来ると、そのことを必ず思い出し、怒りが膨らむ。

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コメント

厳戒体制ですね、誰も居なくても。
ここに書かれてるような事、こういう事を知りたかった。
現地調査に参加させてもらう日を夢見て、ぽちぽち闘病します。

投稿: ぶう | 2008年6月26日 (木) 20時50分

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