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2008年6月22日 (日)

6・12 天神峰現闘本部裁判を傍聴

Photo  昨年7月19日、仲戸川裁判長に対する「裁判官忌避」が闘いぬかれて以来、11か月ぶりの6月12日、天神峰現闘本部裁判再開第1回公判が開かれました。

 先ず冒頭、三里塚反対同盟の北原事務局長が陳述を行い、①裁判官忌避に至った経緯を述べて、仲戸川裁判長が現場検証を行おうとしてこなかった不当な訴訟指揮を弾劾。②「登記建物が滅失したことを証明するため」と現場検証を突然申し出てきた原告側の主張を、白を黒と言いくるめるための要求だとして弾劾。その上で、③三里塚闘争において裁判所が政府行政(空港公団)に与し、司法制度改革を口実にした拙速審理、早期判決の道をひた走ろうとすることを弾劾して、現場検証を重ねて要求した。08612

 続いて、葉山弁護士、一瀬弁護士、遠藤弁護士、大口弁護士が、次々に立って、それぞれの論点から、裁判官忌避が行われた原因を裁判長が真摯に受け止め、現場検証をまず行うべきであることを論じた。仲戸川裁判長は 「40分の約束だ」とまったく理由にならない理由で、この弁論を妨害し、禁圧しようとした。しかし、弁護団の断固とした抗議と傍聴席からの怒りのヤジに押しまくられ、弁論は貫徹された。

 さらに、この経緯に萩原進事務局次長が、怒りの表情もあらわに 「黙っていられない」と当事者としての発言を求めた。萩原さんを誰か分からないという無様な仲戸川裁判長08612_2 がその要求を無視し禁圧して審理を進めようとするのに対し、萩原さんは裁判長席ににじり寄って抗議した。慌てた廷吏2人が、それを阻止しようとして法廷に乱入。弁護団は、萩原さんをかばうようにしてそれに抗議。傍聴席では市東孝雄さんが立ち上がって抗議した。仲戸川裁判長は、「そこの黄色い服の男」と、市東さんが誰であるかもわからない。三里塚を全く理解しないで、何年裁判を進めてきたのだと、傍聴席の怒りが爆発。

 ついに、仲戸川裁判長は、「お互いに頭を冷やすために5分間、休廷」と宣して退廷。傍聴席から、「その5分で萩原さんの意見表明ができるじゃないか」と怒りの声が、逃げるように退廷する仲戸川裁判長に浴びせかけられる。そして、実際には10分以上も裁判長が出てこない法廷では、15年ほど前まで千葉地裁の裁判長をして、成田治安法などの裁判で反動的な訴訟指揮をした上野某が、原告側代理人として法廷に座っていることが摘発され、それを知る人々から「恥を知れ」と弾劾の嵐が浴びせかけられた。正に「人民裁判」(萩原さんの報告会での言)の様相を呈してきた。

 出てきた仲戸川裁判長は、弱々しく萩原さんの発言を認めた。萩原さんは、「三里塚闘08612_3 争の歴史を理解するべきだ。現地に立って、三里塚を理解することから審理を始めるべきだ」と、裁判所への怒りを表明して、現場検証を求めた。

 それでも、仲戸川裁判長は、言を左右し、弁護団からの繰り返しの確認を求める声にも「現場検証をやらないかもしれません」と開き直り、証拠調べに移ることをも匂わせる。あらためて弁護団、傍聴席から怒りの抗議が行われ、法廷が騒然とする中、仲戸川裁判長は、やっとの思いで、次回公判9月25日(木)午前10時半から開くことを宣して、逃げるように法廷を後にした。

 裁判後、弁護士会館で報告会が行われ、北原鉱治事務局長や、弁護団をはじめ、勝利感に満ちた報告が続いた。先日、5月19日の市東さんの「耕作権裁判」で、萩原さんから「全員退廷も辞さないような闘いをやろう」という提起が行われたが、正にそういう闘いを、しかも1人の退廷も許さない闘いをやり抜いた一日でした。

 写真は、最初が工事中の天神峰現闘本部(旧の本部が残されていることが一目でわかる)、後は、北原さん、萩原さん、葉山弁護士で、裁判後の報告会で。

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コメント

騒然と、熱気ある、人民裁判の様子が伝わってきます。仲戸川裁判長のふざけた態度が余計に、人民裁判としての熱気を際立たせてます。
全く「現場検証から始めろ!」ですね。何も知らずに裁判を進めようとは、この国の裁判がいかにいい加減に行われてきたか。
解放区のような裁判の様子、胸のすく思いです。

投稿: ぶう | 2008年6月26日 (木) 21時07分

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