大阪港の軍事使用の中止を求める11・20行動

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 11月20日、関西生コンや港合同、管理職ユニオン、関合労など7団体の呼びかけで、大阪港の軍事使用の中止を求める行動が行われました。

 091120_3 12時から、地下鉄淀屋橋駅近くでの街頭宣伝とビラまき(右写真)、そして午後2時から、10名近い代表による大阪市議会への陳情の申し入れと、各会派への申し入れを行いました。最初の写真は、大阪市議会事務局(正面右2人)に、関西生コンの高副委員長(後姿右、左下写真)が陳情の申し入れを行っているところです。「神戸で非核神戸方式が議会の決定で行われているのに、大阪市で出来ないことはないやろ」と。

 申し入れたのは、(1)大阪市は、今後、米軍艦船・自衛隊艦船の大阪港への入港を許可しないこと。(2)大阪市は、今後、自衛隊が大阪港・大阪市管轄の地域・海域を演習に使用することを拒否し、その中止を求めること。(3)大阪市は、1960年以降、大阪港に入港した米軍艦船に関して、以下について調査し、明らかにすること。①安保条約にもとずく事前協議が行われたのか否か。②核兵器の搭載の有無を問い合わせたのか否か。 (申し入れの趣旨を含む詳しい内容は、「11.20大阪港軍事使用反対陳情と署名.pdf」をダウンロードをクリックすればPDFでご覧になれます。なお、署名は12月7日に大阪市議会に提出するため、まだ継続されておりますので、集めて下さい。)

 091120_7 一休みして、午後6時から市役所の隣にある中之島公園の女神像前で、250名が結集して集会が開かれました。冒頭、主催者のあいさつに立った高関西生コン副委員長は、関西生コン支部の沖縄教科書書き換え問題など反戦、平和の取り組みを語り、来年50年の節目を迎える日米安保条約の廃棄を勝ち取ろうと提起する中から、今年から来年にかけての大阪港の軍事使用の中止を実現させていく重要性を訴えられました。

 続いて基調報告に立った港合同の中村副委員長(右下写真)は、大阪が戦前、町と港が一大軍事拠点としてあった、それゆえの朝鮮人、中国人の強制連行などの歴史を振り返りながら、そのことのゆえにあの大阪大空襲などの悲惨な犠牲が生み出されたことを訴えられました。 そしてこの間の自衛艦の展示訓練などが行われてきたことを指弾し、平和な大阪湾に軍艦などが来ることを絶対に許してはならないと提起されました。091120_6

 この後、部落解放同盟全国連合会、関西合同労組など参加した諸団体から、連帯の挨拶とともに闘う想いが語られました。関西実行委員会からも、私の方から話させていただきました。また、この日初登場の「大阪の海と空を戦争に使わせない会」は、11月25日開く公開学習会(「11.25海と空学習会.pdf」をダウンロード をクリックしていただければ、ご案内のビラがPDFでご覧いただけます)を呼びかけました。

 最後に、集会決議(「09.11.20集会決議.pdf」をダウンロード をクリックしていただけるとPDFでご覧いただけます)を採択。

 そのあと、集会参加者は、アメリカ領事館を包囲するデモを行いながら、梅田まで、道行く人々に「大阪港が軍事使用されていることをご存知ですか」と横断幕を出して、大阪港の軍事使用に反対し、日米安保条約を廃棄しようと呼びかけました。

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現地調査

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 11月11日、農作業もなく、おまけに土砂降り。めげずに午前中、現地調査を。この写真がなんだか判る人は、かなりの三里塚通。そうです。新誘導路を行く、離陸機と、その向こうは東峰の森。そして手前にあるのが東峰神社です。

 中央が神社の社。その両サイドに立派に木が生長してきているのが判りますね。2002年6月、東峰神社の立木が、航空機の進入平面に食い込み「航空法違反」だとして、空港会社、機動隊が全て伐採したのです。東峰部落は村をあげて抗議闘争を行った。その中で、トラクターを運転して空港会社の阻止線を突破した萩原進さんが逮捕された。この暴虐な空港会社、国の違法行為に対し東峰部落は裁判を行い、空港会社、国に全面謝罪させ、和解金を払わせた。

 それから5年余。新たに植えられた立木が立派に育ち、「航空法違反」状態を再度生み出したのです。萩原さんは、6月の裁判の集まりの中で「この日を待っていた。北へ延ばすんだから、南を短くすればいい」と、微笑みながら語られた。実は、島村さんのお宅の周りの立木も、同じ状態。091111_2 南から着陸してくるパイロットには、恐ろしいものに見えているのだろうと思う。当然にも、空港会社は「切っていただけませんか」とお願いに来ているそうですが、日頃の理不尽きわまる空港会社のやり口、とりわけ市東さんや、島村さんへの人権侵害をそのままにして、誰も聞くわけがない。さあ、どんどん伸びてくれば・・・。

 右の写真は、今の場所から少し新誘導路を進んで、いつも市東さんの畑で集会をした(3月)後、デモが東峰十字路を過ぎて新たにできたトンネルをくぐるところを行く離陸機です。この直後の所(東峰の開拓道路手前)で、離陸機や着陸機があれば、信号で停止します。

 この日は南風のため、離陸機は、さらに暫定滑走路の北端までトロトロと陸走していきます。見ていて、ターミナルから1時間くらいかかっているのでは・・・。

 091111_4 左の写真は、滑走路を横切って北へ陸走しているのですが、2機の航空機の向きをみると「へ」の字が実感できます。左端にあるのが、閉鎖された天神峰現闘本部です。本来なら、天神峰現闘本部に向かってフェンスで途切れているのが、滑走路と平行の誘導路(予定)なのですが、天神峰現闘本部と、その北にある市東さんの畑で、ここで誘導路が曲がっているのです。

 実は、最初と最後の写真を撮るのに、雨が降りしきり寒さに震えながら、市東さんの畑の監視台に1時間半もいました。着陸機はどんどん来るのに、離陸機は来ないのです。南風の場合、ターミナルから1時間もかかって離陸するのを避けるために、そして着陸機は時間がかからないので、離陸機のほとんどをA滑走路を使って飛ばし、着陸機を暫定滑走路の方に(2500メートル化されたから)回しているのではないかなというのが、その時の実感でした。しかし、寒かった。写真が、曇っているのは、土砂降りの雨のためです。

 みなさん。現地調査をしましょう。

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11・12天神峰現闘本部裁判報告会で永井満関実代表

091112_2  写真は、千葉地方裁判所(左側)前を進む、反対同盟を先頭にした怒りのデモ

 この日、裁判後の報告会で、関実を代表して永井満代表世話人が連帯の挨拶。

永井 満 関実代表世話人

 091112_3 今日、裁判を傍聴させていただきまして、反対同盟、そして弁護士の先生方のものすごい頑張りに敬服いたしました。ならびに傍聴のみなさんが、衛視の「退廷命令」などものの数でないとばかりにどんどん声をあげておられた、それにも強い印象をもちました。以前は「退廷!」とか言って何人かの人が連れ出されたもので、最初はハラハラしたんですが、いつのまにか私も声をあげたりしまして。

 仲戸川裁判長の惨めな姿をとっくりとみたんですけれども、同時に私はかっての治安維持法の時代にほんの片足だけを突っ込んでいる世代なんですけれども、あの治安維持法体制を支えたのは裁判所なんですね、ご承知の通り。たとえば横浜事件などというものがあります。完全なデッチあげをしてまで弾圧する。戦後、戦犯とか公務員が追放されたりいろいろありましたが、そういう裁判をした裁判官だけは全然無傷で戦後も同じ地位にとどまって裁判を続けてきたという歴史があります。今日の仲戸川裁判長などを見ていると、正に権力と一体となって、日本の国を再び亡国へと導く連中だと、本当にそう思いました。

 衛視の人がちょうど前に立ったので、「あんたらどう思う。あんたらが守っている裁判というのがどういうものだと思う。こんなことしていたら日本は滅ぶよ。あんたらが守らないかんのは、何なのか、しっかり見つめてくれ」と言いました。憮然とした顔で何も言いませんでしたけれど。

 それとともに、反対同盟の闘いが、もちろん成田の反対同盟として空港に反対し、土地を守り、生活を守る闘いをされているのですが、同時に、この反対同盟の闘いが、日本の、ほんとうのあるべき日本を守っている。今、またかっての時代になるような中で、反対同盟がこうして闘い抜いていることが、そういう動きを大きく阻止する力になっている。今日の裁判の経過なんかを見ていても、ほんとに大事なことだと。こういう闘いを頑張っていくならば、反対同盟の闘いはますます重要になってくるし、そして多くの人々が共感を覚えて加わってくるんじゃないかという想いをいたしました。

 091112_4 情勢は、来年の2月までは動かないのかなというような思いで聞いていたのですけれども、私たちが、判決を許さない、判決がでようと、実力でそういうものは許さないという闘いを、90年の闘い、また71年の闘いを思い起こして、身体を張って阻止するという覚悟を、萩原さんもそれを集会などでずっと呼びかけられておりますけれども、もう一度私たちは、71年の時の覚悟を、さらには90年の現闘本部の闘い、初心に帰って頑張ろうと思っております。関西のみんなも同じ気持ちだと思います。全国の皆さんと手をつないで、闘っていきたいと思います。今日は本当に御苦労さまでした。(左写真は、この日の朝の集会で山本世話人とともに)

 

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11・12天神峰現闘本部裁判闘争 萩原進さんのまとめ

091112  写真は、裁判所にむけて反対同盟を先頭にデモ(11月12日)

 口頭弁論の後、ひらかれた報告会での萩原進反対同盟事務局次長のまとめ。

萩原進 三里塚反対同盟事務局次長

 いや、ほんとに長時間ありがとうございました。091112_2

 いつもより多い結集で、140、50という人数。そういう意味で、天皇、オバマとの闘いの最中にやれたということで、ありがとうございます。そういう闘いの中で、裁判が、やはり階級裁判だという形で、いわゆる部分的勝利とかね、そういう形のやり方、あるいは判決というのはあり得ないわけで、敵さんもそういう意味なんだということを認めた上で攻撃をしかけてきている裁判ですから、そういう形で自分たちも構えて行っているわけですね。

 そういう意味で、判決云々ということでいろいろあるとは思いますけれども、今日を迎えるにあたって最終弁論の闘いをどうするんだという形で弁護団と同盟との話し合いの中でもいろいろあったんですよ。最終弁論をやったって同じ判決文になるだろうと、判決そのものは変わるわけじゃないだろうと。公判廷そのものをぶちこわせばいいんだという意見もありますよね。今日見ていて、みんな立ちあがってやろうという気持ちになったと思います。

 しかし、それもあるけれど、我々の正義の主張そのものをその中で展開しながら、今までの仲戸川の悪行をもっと罰しようというかたちで、我々の主張をば~んと全部やりきる中で、大きく闘いを展開しようという形でまとまったのが今日の闘いなんですよ。091011

 そういう中で、弁護団の闘い、傍聴団の闘いが一体となって闘い抜かれた。我々の主張、弁護団の主張は、ほんとうに理にかなったものとして通ったわけですね。彼らの書く判決文ていうのは、曲がった、あるいは間違った判決を書かざるを得ないところに追い込んだという風に思います。ですから、どのような判決がでようと我々は驚かない。(左写真は、10・11全国集会の折の天神峰現闘本部)

 もう一つは、我々は、そういう部分的勝利とか、何かを獲得しようという裁判じゃあありませんので、全面的に我々の主張を勝ち取るという裁判ですから、非常に難しい裁判ですけれども、ここでどういう判決が出されようと、もう一度闘いの場が現地にもあるし、そしてそういう形で全国の人々に呼びかけて、全国のあらゆる地域でそういう闘いもできるんだということを確信した上で、第1弾の現闘本部裁判を勝利的に闘い抜いて、市東さんの裁判に引き継いで行く、そういう闘いにしたいと思います。091112_3

 2月という形を具体的に言いましたけれど、それはすぐですからね。2月に向けて、我々が勝利するには、現地における構え方、そして裁判に対する構え方、あるいは全国の人民に訴える構え方、そういう形をいろいろとりながら闘い抜いていきたいと思います。

 ほんとに遠い所から来ていただいてありがとうございます。御苦労さまでした。

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11月9日 市東さんの「耕作権裁判」

09119  11月9日、千葉地裁で市東さんの農地をめぐる「耕作権裁判」の口頭弁論が開かれました。左写真(「反対する会」ビラより転載)のA、Bが「行政訴訟」「農地法裁判」で争われている部分で、それ以外(左端とA、Bの間の部分)は、市東さんが不法耕作をしているので土地を明け渡せと空港会社NAAが訴えた裁判が「耕作権裁判」。このNAAの主張は、正に「クロをシロ」と言いなす盗人猛々しいもので断じて許されない。法廷後に開かれた記者会見、報告会での葉山弁護士の報告と解説と、大口弁護士の報告をご紹介します。

 この日の裁判の報告の後、11月4日に行われた天神峰現闘本部裁判における不当きわまる仲戸川裁判官の罷免を求めたことと、12日に迫った「最終弁論」攻撃に対する説明などが行われました。

葉山弁護士

 とりあえず私の方から簡単に報告します。

 今日の裁判闘争、傍聴闘争で闘っていただきまして、法廷を圧倒したということだと思います。こういう傍聴闘争がないと、いくら本人、弁護人が頑張ってもうまくいかないので、そういう意味で非常に大きな闘いになってると思います。

 今日の関係については準備書面の12、これは遠藤弁護士が中心にがんばってやってくれて詳しいことはあとでありますが、農地法6条違反、不在地主は農地を持ってはならない。不在地主と言うのは、成田市に住所を持たない者。空港公団は、1999年以前は東京にあったわけで、明らかな不在地主。農地法6条違反だ。例外的な7条にもあたらない、いうことについて主張しているわけです。

 Photo それから準備書面13、これは一瀬弁護士が準備してくれたものですが、これは青柳土地家屋調査士の鑑定書が乙38号証という形で出ていまして、その鑑定書に従って、NAA側の測量がいかにデタラメかということについて暴露して、特に40番という土地について(右図参照、上写真の左端部分)、「旗竿の形」の地形なんか全くの大嘘だということを徹底的に暴露した鑑定書が出てるんですが、それを準備書面の形にしたということです。

 NAA側は、藤崎(旧地主)が作成したと称する書面を出してきてるんですが、これがまたデタラメなものでありまして、ほそ長い市東さんの所を横切らないといけないから取り替えたと言ってるんですが、その図面に取り換えるべきところの部分が「石橋A」と書いてある。もう一つの方は「石橋B」と書いてある。つまり、「石橋A」を「石橋B」と取り換えるといったってね、同じ人間が同じところを取り換えるといったて矛盾もいいところ。なぜこんな変な図面を出してきたのかわけが分かんない。NAAの側は、これはそうじゃないんだ、いずれかの段階でこれは入れ替わって、「石橋A」と書いてあるところは市東さんが耕作していたんだ、それを昭和46年以降に取り換えたんだということを言ってるんだけれども、そんなことは図面のどこにも書いていない。ひたすら「石橋A」と「石橋B」があって、「石橋A」と「石橋B」を取り換えると言ってるんですが、同じ人間を取り換えたってどうにもなんない。矛盾そのものが図面の中に出てきちゃってる。

 09119_2 それから細長い畑の所を渡んなきゃいけないと言ってるんだけれども、取り換える段階ではすでに、市東さんは当然にこの白い細長い畑と四角ばった長方形の畑の間を作っているわけですから、もし横断するというなら、その細長い畑以外にもうひとつ市東さんの畑を横断しなければならないわけで、そこんところは何も書いていない。ということで、原告側(NAA)は、この図面について不自然なところは何もないと言ってるんですが、とんでもない不自然なことを言っているということです。それを釈明したということで、書面であとで出してくれと言うのでこれは出しますけれども、言ってることがだんだんと矛盾に満ちたことを言い出した。

 しかも、藤崎については証人に出すと非常にボロが出るということで、認証を出す予定もありません、陳述書もありません、それでこのまま逃げ切ろうということなんで、こういうふうな不真面目なことをやってるんだったら徹底的に弾劾しなくちゃならん。矛盾はますます露呈してきたという風に思います。私からは以上です。

大口弁護士

 この件では今、不在地主のことが問題になってるんですけれども、最近、小林多喜二の「蟹工船」ということが話題になっていますが、彼の小説は「蟹工船」だけじゃなくって北海道での不在地主制度の行政、それに対する激烈な小作争議を扱った「不在地主」という小説もございます。

 やはり戦前、天皇家をはじめとして実際に耕さないで大土地を所有する、こういう制度が蔓延したために、農村が疲弊し、それがまた日本全体の非常な右傾化の根拠になって行く。こういう経過があったわけですよね。そういう歴史に踏まえて戦後制定の農地法というものが、不在地主の禁止ということを強く打ち出してきたわけでありまして、それが現在の農地法改悪の中で非常にいい加減にされてきているという現在の危機的な問題があると思います。09119_3

 本件でも、別の裁判で、「移転が予定されていたから、云々」と言ってますけれども、それも20年以上ということで、かつ現在も黙っているわけです。こういう積極的なやり方が、単に事務的なあれが遅れたとか、そういうことではなくて、この「国策」を標榜しているこの空港を彼らが強行するために現地の農家をだましていくというそういう積極的なやり口、道具としてこういう農地法の簒奪ということがあったのであり、また空港は現在、農地法を改悪し、そういう戦後の改革をないがしろにしていくというこの大きな動きの中にこの問題があり、また我々が争っているんだという歴史的な意味も、しっかりと我々は生みだしていかなければならないという風に思います。

 いま現在、今回の選挙でも自民党が大敗し、農協も自民党と手を切るという激烈な流動状況が生じているわけですけれども、このような流動状況において何が核になって行くのかいうことが非常に大切だと思うんですね。そういう点で、「耕すものに権利あり」いう大原則をわれわれが高く掲げてですね、この裁判を闘い、また権力、資本による農地強奪を絶対に許さないということで闘い抜いていく意義は現状況で非常に大きない意味を持っていると思います。

 そういう裁判であるということを肝に銘じて、弁護団でも頑張っていきたいとそういう風に考えています

 

 【管理人より】 なお、11月5日に掲載した「11月9日裁判 市東さんの農地を守ろう!」の中で、この日の裁判を「行政訴訟」「農地法裁判」としたのは間違いだったことを訂正しお詫びします。論じられている内容は、そのままでいいと思いますが。 

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今週の産直野菜(11月14日)

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詳しくは、関実事務局までお問い合わせください。電話 0799-72-5242 または メール kanjitsu_mail@yahoo.co.jp (これをクリックしていただければメールできます)。お気軽に。

 091114 今週の産直野菜が、いつもより早く、今、届きました。すごい! 10品です。

 じゃが芋、青首だいこん、サニーレタス、葉付き人参、キャベツ、チンゲンサイ、玉レタス、冬瓜(とうがん)、カブ、ホウレン草。人参、ホウレン草が、久しぶりのお目見えです。昨日は、雨の中の出荷作業ではなかったのでしょうか。それに、9日、市東さんの農地の耕作権裁判、12日、天神峰現闘裁判の結審攻撃との闘いと連日の闘いの中での出荷作業、本当にご苦労さまです。

 この9日から12日、市東さんの所に泊めていただいて、同盟の皆さんとご一緒させていただきました。

 091110_4 10日は丸一日、援農と出荷作業。先ずは、3月の全国集会の会場になる天神峰の畑で、キャベツの収穫。市東さんが選別して切り取ったキャベツ(右写真)を、コンテナ-に8個づつ入れて運んで行くのですが、足もとが危うい上に、重たい。 1時間ぐらいの作業ですが、足にくるは、息は上がるはで、市東さんが思わず「大丈夫?」。「いやあ、大丈夫です」と返事するものの、まだ10時にもならないのに「これでは・・・・」と内心は不安に。

 次は、サニーレタスの収穫。今度は、選別、切り取りを自分でしました。コンテナ-に10個づつ入れていく。これは軽くて、ほっ。左下写真は、畑に育つサニーレタス。

 それが終わって、10時のおやつをいただいて一休み。今度は自宅前の作業場で、育ってきたキャベツの苗を並べてコンテナ-に移していく。091110_2 それをトラックに積み込んで、南台の畑へ(「ヘ」の字誘導路を強制している畑です)。現闘のFさんが、トラクターでならして、しるしを入れてくれたところに、キャベツの苗を一つ一つ置いていく。そこで12時が過ぎて昼食。

 昼食休みに監視台に上がって様子を見ていて、1時になるので下りてきたら誰もいない。慌てて母屋に行ったら、もう畑に出かけたとのこと。南台の畑に送ってもらって合流。キャベツの苗の植え付けを終わるまでやる。

 それから、冬瓜、さつま芋、ダイコンを車に積み込む。時間が余ったので、午前中に残ったキャベツの苗をコンテナ-に移す作業。虫食いがひどい。畑に入れてやると結構育ってくれるとか。

 それから萩原さんのところへ行って出荷作業。私は、サニーレタスと玉レタスを最後にコンテナ-に入れていく作業。流れ作業なので、最後の方には目が回ってきた。朝からの作業でワイシャツまでドロドロになった地下足袋姿の私に、萩原さんのつれあいの静江さんが、「百姓らしくなったね」と。褒められたのか冷やかされたのか・・・・。終わってお茶を飲み、お菓子や漬物、それに萩原さんの韓国土産のキムチを美味しくいただきながら打ち合わせ。091110_3

 市東さんに乗せてもらって、市東さん宅へ。「終わった、終わった」と思っていると、先ほどキャベツの苗を並べたコンテナ-を積み込み。乗れというのでトラックの助手席に乗ると、もう一度南台の畑へ。必死でやって、暗くなりかけた頃に終了。あ~しんど・・・。

 右の写真は、最初のキャベツの収穫ですが、その右が白菜。これまでの温さで大きくなっている。この寒さで、巻いてくれるかとのお話しでした。温くなっていたため、キャベツには青虫が。もうすぐ白菜が届きますよ。

 風呂に入れていただいての夕食と酒が美味しい。集まって来られた鈴木謙太郎さんと萩原富夫さんと10時ごろまでカラオケに興じることができました。後は、バタンキュー、おやすみ。

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11・12天神峰現闘本部裁判結審 北原事務局長怒りの陳述

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 昨日11月12日、千葉地裁で天神峰現闘本部裁判が開かれ、反対同盟、弁護団、傍聴席が一体となった法廷が騒然となる怒りの抗議を無視して結審が仲戸川裁判長によって強行されました。しかし、早朝からの140名が結集した抗議集会と怒りのデモ(上写真)で開始されたこの日の闘いは、北原鉱治反対同盟事務局長による断固たる陳述(後掲)と、法廷終了後に開かれた勝利感に満ちた報告会に象徴されるように、追い詰められているのが、暴力的な訴訟指揮をしてきた仲戸川裁判長、千葉地裁であり、国策裁判を強制した国家権力、NAAであることを満天下に明らかにしました。9日の市東孝雄さんの農地をめぐる耕作権裁判闘争と一体となったこの4日間の闘いを順次報告していきたいと思いますが、今日は、北原事務局長の陳述を全文紹介いたします。そこに事態が全て明らかにされるとともに、このような国策裁判がなぜまかり通るのか、絶対に許さないという怒りが表明されています。

陳述書  北原鉱治三里塚反対同盟事務局長

 われわれ反対同盟は、今日の法廷を最終弁論として迎えたことに心の底からこみ上げる怒りを抑えることができない。反対同盟は仲戸川裁判長を公正な裁判官であるとは、到底、認めることができない。この裁判長に厳正な裁判などまったく期待できない。反対同盟は、仲戸川裁判長を弾劾するためにこの法廷に立っている。そのことを冒頭申し上げ、その理由を以下に陳述する。

(1)結審まぎわの「訴状訂正申立」と防御権のはく奪

 091112_6 まず、弾劾しなければならないことは、裁判も最終段階の今になって、原告・空港会社が「訴状訂正」を申し立て、仲戸川裁判長が反対同盟に防御の機会を与えることなく、結審する挙に出たことである。

 空港会社の申し立ては、およそ「訂正」などと言えるものではない。「便所」「蛇口及び水道管(埋設部分も含む)4個」「小便器」「流し台」を対象物件とし、これに応じて明け渡し対象地を約8.9坪も広げている。そうである以上、われわれに認否・反論の機会が与えられるべきことは言うまでもない。(右写真は、法廷後の記者会見での北原さん)

 また、収去対象の建物1階については、当初の木造建物の5.5畳の畳敷きの部屋と事務室部分を収去対象の床面積に加えている。当初の木造建物は解体され滅失したという空港会社の主張はどうなったのか、裁判長は確かめることをしないのか。

 しかもこの拡張変更の請求には、「水道管の埋設部分を含む」とされているが、石橋政次氏が反対同盟の権利として残した井戸が含まれていない。対象がどの範囲に及ぶのか、いつからその権利関係が発生したのかといった事実関係を調べもせずに、いかなる判決が書けるというのか。

 空港会社はこの拡張変更を、最終準備書面と同時に提出した。審理のすり抜けを裁判所に認めてもらおうという悪辣な策謀である。仲戸川裁判長はこれに加担した。

 これは空港会社に肩入れする不公平な態度に終始し、暴走と迷走を繰り返してきた仲戸川裁判長の最後的な暴挙であって、断じて認めることができない。

(2)最重要証人の喚問と検証拒否

 次に、最重要証人の再喚問と実地検証を拒否して結審を強行する仲戸川裁判長の暴挙を、徹底的に弾劾しなければならない。

 この裁判の正否を決める最大の争点は、反対同盟が土地を正当に使用する権利としての地上権の存否である。Photo

 これにかかわる地代の授受に関して、虚偽の事実を記載した石橋恵美子証人の陳述書が提出されている。「予め地代の領収書とカンパの領収書と書いたものを持ってきた」とか「金銭を受け取ることは一度もなかった」とかの虚偽の記述は、当人が書いたものとは言えず、まぎれもなく空港会社の作文である。仲戸川裁判長が認めた石橋証人に対するビデオリンクは、真実を白日のもとに明らかにすることを封じるための空港会社の策謀だった。

 さらに、登記された木造建物の存在を確認し、その権利が鉄骨造建物に及ぶ構造上の事実を確認するためには、実地検証が不可欠である。反対同盟は鉄骨造建物の設計段階から、木造建物の保存を第一の目的とした(左写真参照)。木造建物は間違いなく存在する。ところが空港会社は、鉄骨造建物の建設段階で「解体・滅失」したと強弁している。シロをクロと言いくるめる暴論である。

 最重要の争点の事実関係をめぐって、180度対立しているというのに、一度も調べることなく、どうして公正な判決が書けるというのか。

 今回、空港会社が訴えの拡張変更を請求したことも、検証の必要性をますます高めさせている。

 この問題について、反対同盟は二度に渡って書面で申し入れたが、仲戸川裁判長は理由を告げることもなく頑なに拒んでいる。

(3)常軌を逸した訴訟指揮の暴走と迷走

 上記のような、肝心要の重要証人の喚問と実地検証を拒否する偏った訴訟指揮をめぐって、仲戸川裁判長の暴走と迷走が繰り返されたのである。

 検証拒否を不当とした裁判官忌避申立(2007年7月19日)の後の、再開弁論(2008年6月12日)では原告・空港会社の側も検証を申し立てたが、裁判長は双方申請にも応じない姿勢を示した。そして次の弁論(同年9月25日)には、異常な警備のなかで同盟員一名を逮捕するという事件が発生した。過剰警備についての説明を求める法廷で、裁判長は強権的訴訟指揮を乱発し、①検証却下、②3名の証人不採用、③尋問時間と時期の指定を強行した(書記官含め誰一人として告知を確認していない)。091112_3

 これを不当とする2度目の裁判官忌避につき最高裁の決定前に、弁論期日を一方的に指定して、原告の申し立てに基づきビデオリンクを採用した。

 3回目の忌避・即時抗告申し立てと、ビデオリンク方式の不当を訴える最中、裁判長は被告不在のまま開廷を強行し(本年3月12日)、すでに決定していた被告側3名の証人調べを一方的に取り消して4月23日を最終弁論として通告した。

 この常軌を逸した訴訟指揮に対して強く抗議するや、裁判長は3名の証人を認めたものの尋問時間を不当に制限した。さらに抗議したところ、事実上その非を認めて全面的に撤回した。

 ところが、6月25日の弁論では、石橋恵美子氏ら重要証人の再喚問と実地検証を却下し、即日結審しようという訴訟指揮を強行した。

 あげくに、空港会社の「訴状訂正申立」に対する防御権の保障の請求を電話で却下し、結審を強行しようとしているのである。

(4)防御権を封殺する証拠隠滅は許さない

 091112_4 以上の経過と裁判長の本件裁判に対する敵対的姿勢を見るとき、反対同盟はじつに重大な懸念を抱かざるをえない。

 それはこの裁判の始めから建物収去の結論ありきの国策裁判として進行する事態の先には、判決に仮執行宣言を付して、現に存在する物的証拠もろとも破壊・隠滅するのではないかという懸念である。これは、控訴審における反対同盟の防御権をあらかじめ封殺することを意味する。(左写真は、この日朝の集会で提起される北原事務局長)

 三里塚現地において、原告・成田空港会社は暫定滑走路北延伸と新誘導路の違法な工事を強行し、地元住民の「反対」の声を押し切って供用した。その上、空港予定地を飛び出しての「第3の誘導路」計画をうち出した。供用されている誘導路の欠陥と破綻を取り繕うためのものだが、同時に別件で農地取り上げと闘う市東孝雄さんの家屋・畑を空港内に囲い込み耐え難い騒音で追い出そうとする非道な国家犯罪である。

 こうした暴挙と一体であるかのような本件裁判は、断じて認められない。司法制度改悪の尖兵となって強行する不当な訴訟指揮は許されない。

(5)裁判官罷免請求は止むに止まれぬ権利の行使

 091112_5 反対同盟は11月4日、裁判官訴追委員会に対して、仲戸川裁判官罷免の訴追請求を行った。これは、偏った訴訟指揮を改めるように何度も訴えたが聞き入れず、地上権立証に不可欠の実地検証をせず、最重要証人の再喚問にも応じない裁判官に対する、やむにやまれぬ権利の行使である。

 反対同盟はいかなる判決がくだされようと微動だにしない。だが、仲戸川裁判長による、かくも常軌を逸した審理が横行することは許されない。反対同盟は、その不当を明らかにして、徹底的に闘うことをこの場で宣言して陳述とする。

 

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今週の産直野菜(11月7日)

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詳しくは、関実事務局までお問い合わせください。電話 0799-72-5242 または メール kanjitsu_mail@yahoo.co.jp (これをクリックしていただければメールできます)。お気軽に。

 09117 今週の三里塚からの産直野菜が、いま届きました。さつま芋、長ネギ、青首だいこん、チンゲンサイ、カブ、サニーレタス、小松菜の7品です。

 この程度なら一人でも楽勝。といってもズボラな私のこと、こぶダシの鍋がめっきり多くなりました。丁度、寒くなってきたし、酒もおいしい。といっても、芋ほり大会で掘って帰ってきたさつまイモが今もあり、これだけはみなさんにお裾分け?

 しかし、9日に市東さんの裁判と12日には天神峰現闘本部裁判があり、明日の夜から木曜まで千葉に(往復していたら身が持たん?)。さて、どうしよう・・・。

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始まった神戸空港の破綻

09116  昨日、経営再建中の日本航空が神戸空港に就航している全路線から撤退することを正式に発表した(左記事)。矢田神戸市長は、「搭乗率は70%を超えており、受け入れがたい」と反発しているという。

 開港前から言われてきたが、すでに大阪空港と関西空港という国の基幹空港が30キロ圏内にあり、しかも、新幹線が整備されている中で神戸空港は必要なのかと。大方の予想通り、神戸空港の軸になるスカイマーク社と新幹線の値下げ競争が繰り広げられた。それは、昨年、大阪空港の羽田便と新大阪発の新幹線のダンピング競争まで引き起こした上に、大阪空港の前年割れをも生んだ。

 その中で、日本航空は、格安航空券を発売する各旅行会社に廉売することで搭乗率を確保したにすぎない。それは、70%以上あろうとも、まったく採算がとれない結果を引き起こし、日本航空再建案の最初に全面撤退が公表されるという結果を生んだだけだ。そもそも、7便が当初就航したスカイマーク社も、80%以上の搭乗率を確保しながら、経営改善のために2便を羽田‐旭川便に振り替えざるをえず、現在スカイマーク社の神戸‐羽田便は5往復に減っているのだ。

 もともと神戸空港の需要予測は、開港前の論議で明確に指摘されていたように、今日の経済危機はともかくとして、すでに低成長に入っていた当時でさえ、高すぎるGNP(経済成長)を前提とした予測であることが批判されてきた。しかも、需要の50%近くが、大阪府北部(つまり大阪空港周辺)に見込まれていたという、デタラメなものであることが批判されていた。神戸市当局はいまだに市議会の答弁で、このことをあげて「営業的努力不足」「汗をかかなければ」などと言って恥じない始末なのだ。

 予想されたとおり利用客は開港景気の2年目以降減り続けている。昨年度は、2年目を13%も割り込んで258万人。今年度は、その昨年を毎月下回り、さらに10数%落ち込むことは確実となっている。091021_2 来年度に神戸市が予測していた利用客の6割にしかならない。利用する航空機も29往復なければならないところが、各社の減便、撤退で22往復にしかならない。しかも、利用客の減少と航空会社自体の経営危機から航空機の小型化もあり、当然にも空港の営業収入の柱である着陸料収入は、右図(09年10月21日付、朝日新聞より)に示されるように激減している。今年度の予算の段階で、発生する赤字の予測に対し、3億1600万円のそれまでのもうけを吐き出して、かろうじて帳面を合わせているのがやっとだ。そこへ、この着陸料収入の4割を占める日本航空の全面撤退である。

 そもそも今年度の管理収支(予算)でも、収入18億円のうち、着陸料が7億円であるのに対し、国の地方交付税と兵庫県からの補助金が6億円もあるという、普通の会社ではとても考えられない内容で、それでも、3億円以上の赤字なのだ。この10月22日、関西経済同友会の山中代表幹事は「関西に3つの空港は必要ない」「神戸空港は廃止」と記者会見で言ったという(各紙報道)。06年開港前に、国交省、各自治体、財界が「3空港棲み分け」を大宣伝したことがなかったかのような、この厚かましい主張に苛立ちさえ覚えるが、しかし、当然の結論だろう。

 091029 そこへ神戸市は、10月28日に、2000億円にのぼる建設のために作った借金の返済を先送りすると発表した(左記事)。空港島の埋め立て80数ヘクタールを売却して返済するとしてきたものである。すでに完売されていなければならない今に至るも、3ヘクタール45億円しか売れていない。これで、空港の経営が危うくなるなかで、誰がそのそばを買うというのか。そもそも、手前のもっと利便性の高いポートアイランド2期部分でさえ、大半が売れ残り、返済が700億円も繰り延べされ、新たな返済が神戸空港のこの返済と重なって深刻な事態となっているのではないか。

 新たな市債の発行による返済の繰り延べは、売れる展望もない中、「新たな金利の発生」による負債の増大という事態を招く(それも市債が売れての話しだが・・・)。これに対し、神戸市当局は、なんと「資金繰りの問題だ」と平然とうそぶいたという。これほど市民を愚弄する態度があろうかと、激し怒りを禁じえない。そんな言葉が成り立つのは「売れる展望」があればこそであろうが!

 神戸空港の建設の財源は新都市整備事業会計という特別企業会計で、そこには現在預金などを含め1927億円がある。それを使って一部は返していくと言っている。所が、この新都市整備事業会計は、先に述べたポーアイ2期事業や、新産業都市事業などで、借金総額3703億円もあるのだ。結局、神戸空港の分がまるまる不足している勘定なのだ。

 私たちは、建設が開始される前から、低成長期に入った経済状況の中で、しかもポーアイ2期事業が行き詰っている中で、神戸空港の埋め立て地は売れるはずがないと指摘し反対してきた。1998年、住民投票を求める署名が猛暑の中、わずか1ヶ月で35万人(法定投票31万余、有権者の30%)が集められ、市民の反対の意志が強く示されたのも、このことへの不安が最も大きかったのだ。そしてその不安が現実のものとなったのだ。

 建設当時、当該部局のみなと総局長として先頭で、市民の声を無視し建設を強引に進めた矢田市長よ。需要や環境破壊、財源、様々な指摘されていた問題が何一つ明らかにされないまま2006年開港を強行した最高責任者としての矢田市長よ。将来の神戸市の市民、子供たちや、孫たちにこの巨大な負の遺産を残してはならない。また、市民への犠牲の転嫁は絶対に認められない。自らの資産をはじめ、この事業に加担した企業などの総力をあげて矢田市長が、新たな任期のこの4年の間に全てを清算し、神戸空港を廃港にすることを強く求める。

 そして「死の海」に瀕した大阪湾は、神戸の一部の人間の儲けのためのものではない。将来に「ちぬの海」と言われてきた海を取り返していくことこそ、この半世紀で破壊してきたことによるその恩恵を享受してきた者たちの責任である。矢田市長よ、人生をかけ、神戸空港の埋め立てによって「青潮」を発生し、「死の海」に瀕している大阪湾奥部を回復させることを断固として要求する。そのために神戸空港島を直ちに撤去せよ!

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11月9日裁判 市東さんの農地を守ろう!

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 11月9日午前10時半から、千葉地裁601号法廷で、市東さんの農地(上の写真の南台の畑と自宅前の天神峰の畑)をめぐる行政訴訟(市東さんが訴えた裁判)と農地法裁判(NAAが農地取り上げを謀った裁判)の口頭弁論が開かれます。市東さんの農地を守ることは、今や三里塚闘争の核心中の核心です。しかも、裁判という形で争われる最大の原因は、国とNAAにとって、土地収用法が失効した(1993年)ことによって、半分も完成していない成田空港が完全に展望を失っているということにあります。国家権力の伝家の宝刀「土地収用法」が使えない今、裁判所を使って農地を取り上げようとしているということです。

 すでにこの間明らかにしているように、天神峰現闘本部裁判の仲戸川裁判長に体現されているように、裁判所(司法)は、もはや「三権分立」の府などではない。法理からも行き詰った国家権力の意志を実現するための「国策裁判」でしかない。

 農地法が今年7月の国会で改悪されました。戦後革命情勢の中で、戦前の澎湃と起こっていた小作争議を引き継ぎ決起した農民大衆の怒りを鎮めるために制定されたのが農地法です。それゆえに、憲法9条、教育基本法、労働3法と並ぶ、戦後民主主義の柱ともいうべき法律です。この間、小泉政権以来、憲法9条改憲攻撃を前提に、これらの法律が次々と解体されてきた最後のものとして、この7月の農地法改悪が自民党政権最後の仕事として強行されたのです。しかも、民主党の同意をも取り付けて。

 象徴的事態は、「耕作者に権利あり」と農民、農地の保護を掲げた第1条を削除したことです。しかし、市東さんが耕す、無農薬有機栽培がおこなわれている超1級の農地を奪おうと、農地法裁判が提起されたのはその前年の08年であり、何よりも、「耕作権解除申請」が農地法を理由にNAAによって行われ、成田市農業委員会、千葉県農業会議が十分な審議もおこなわず、堂本千葉県知事によって許可決定までが強行されたのは2006年の7月から9月というわずか3か月の間のことでした。農地法に基づくならば、このような拙速な決定が行われたこと以上に、本来受理されるべきものでなかったことは明らかであり、裁判などあり得なかったはずのものなのです。にもかかわらず、裁判が続けられているということ自体が、裁判所が「国策裁判」を行っているということなのです。091020

 これが萩原進さんが、「三里塚の裁判は、形を変えた代執行だ」といわれる所以です。私たちは、このことへの市東さんをはじめ反対同盟の皆さんの根源的な怒りを、受け止めなければなりません。そして、このことが持つものへの本質的な危機感を受け止めなければなりません。並の裁判闘争ではないのです。現地の農地死守、実力闘争と固く結びついた闘いなのです。(右写真は、先日10月20日開かれた耕作権裁判後の報告会で挨拶される市東孝雄さん)

 裁判そのものは、その前提自体がすでに明らかにしたように破綻した、法規をも無視したものであるだけに、法廷内の論理としても裁判所とNAA、千葉県、国を圧倒して進んではいます。しかし「国策裁判」なのです。裁判所を圧倒する傍聴闘争、裁判所包囲闘争が必要とされています。まだまだ不十分です。とりわけ、今回の法廷は、11・12天神峰現闘本部裁判闘争の決戦局面を迎えた闘いと一体のものとしてあります。多くの皆さんの決起を訴えます。

 今朝の朝日新聞の朝刊の1面に、「日本@世界」と題する朝日新聞主筆・船橋の論文が掲載されていました。細かくは述べませんが、「日米同盟が盤石であってはじめて」とし、多くの農民が強く反対している「日米自由貿易協定と日中韓自由貿易協定を同時に推進すべき」とし、また沖縄県民のほとんどが反対している「普天間移転」を「現実には『辺野古沖』案と海兵隊のグアム移転案を基地統合再編の第一歩と位置付けたい」と結論付けています。

 もちろん朝日新聞が「オピニオンリーダー」と言いながら、新自由主義勢力の闊歩の中で、反動化の道を進んでいたことは承知しています。しかし、この論文は、朝日新聞が公然と日本帝国主義の側にその立ち位置を定めることを宣言しているのです。

 その典型的なインチキな論理を一つだけ明らかにしておきます。「普天間移転に関しては、『県外移設』案も『嘉手納統合』案も日本の国内、沖縄県内に強い反対がある以上、難しい」ゆえに「辺野古」だというのです。この二つの案を「も」で並べ、「日本の国内、沖縄県内に強い反対」と並べることに言葉のマジックというかインチキがあります。沖縄のほとんどの人々が「県外移設」を望み、同時に「嘉手納統合」などという本土の民主党だから考えるにすぎない「案」に当然にも強く反対しています。沖縄の人々の願いは「基地撤去」であり「基地統合再編」などでは断じてありません。この意見と「日本の国内」とを乱暴に並べることですり替えているのです。そもそも、日本国内の米軍基地の75%が、面積にして国土の1%しかない沖縄を占拠しているという現実を無視し、「沖縄県内」の前に「日本の国内」を置いて書くという論理の中にある数百年、少なくとも近代国家日本130年に潜む沖縄への差別を開き直った姿勢が、こうした稚拙な文章を生むのではないでしょうか。文章に責任を持ち、事実を正しく伝えなければならない朝日新聞の主筆がかくも幼稚なすり替えを行わざるを得ないところに、自らが果たそうとしている役割の破綻を、反動性を物語っているといえるのではないでしょうか。戦前の報道機関の歴史を長いこと検証してきた朝日新聞が、その上に立ってこうした「立ち位置」を自らのものとして選択したというこの宣言を怒りを込め弾劾します。

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